外伝・初顔合わせ(23)〜急に、誘いが、来たので……〜
「……ねえ姫美依菜関、頭や体を洗いっこしませんか?」
「え゛?」
天ノ宮部屋十両以上用浴場内の浴槽の中。
長くきれいな黒髪を後頭部でまとめた姫美依菜は、同じようにきれいで長い髪を後頭部でまとめた銀髪の姫力士の突然の提案に、両目を大きく見開き口をあんぐりと開けると同時に、全身が固まってしまった。
しばらくしてから金縛りのように体が固まっていた姫美依菜だったが、やがてその束縛が解けると、
「……ほ、本当に、本当によろしいのですか!?」
と鼻息も荒く問いかけ、天ノ宮を凝視した。
信じられないと言うか、千載一遇のチャンスであった。
憧れの天ノ宮の肌に触れられる。
天ノ宮の体を洗える。
天ノ宮の髪を洗える。
天ノ宮の大事なところに触れられる……。
そう思うと、心が躍らんばかりであった。
心の臓が、早鐘をうつ。
顔が湯当たりした以上に真っ赤になっていくのを、姫美依菜自らが感じていた。
そんな姫美依菜の様子を見ながら、天ノ宮は満面の笑みのままで、
「もちろん、いいですわよ」
そう言って首を縦に振った。
彼女の返答に、姫美依菜は飛び上がらんばかりの勢いで、
「じゃあ、早く上がりましょう! 体の隅から隅まで丁寧に洗わせていただきますわ!」
言いながら浴槽から立ち上がった。そして両腕を天に突き上げる。
大怪獣のように立ち上がった彼女の周りで大量の湯が嬉しそうに跳ね上がり、浴槽から飛び出て、浴場のタイルへと流れも早く出てゆく。
しかし。
そんな姫美依菜をなだめるように、天ノ宮は、
「ただし、わたくしが姫美依菜関を洗うほうが先ですけどねっ」
そう言って不敵な笑みを見せた。
その言葉を聞いた瞬間、姫美依菜は浴槽内で立ち上がって両腕を天に突き上げた態勢のまま固まった。数秒の後、
「……え?」
と疑問の声を上げると、天ノ宮の方を再び凝視した。
信じられないというような目つきで。
その視線を無視するかのように、天ノ宮は変わらぬ笑みのまま、
「ええっ。洗うのはわたくしのほうが先ですわよっ」
もう一度首を縦に振った。
姫美依菜はそのきっぱりと言い放った相手の言葉に、一気に思考がショートした。
……ちょっと。
ちょっと待ってよ!?
わたしが天ノ宮関に洗われるですって!?
洗うと思ったら洗われるだなんて!?
そんなことってあり!?
でも。
……でも。
わたしの肌を、天ノ宮関が洗ってくれる。
わたしの髪を、天ノ宮関が洗ってくれる。
わたしの大事なところを、天ノ宮関が洗ってくれる……!
こんな、こんなことって……!
そこまで思考した次の瞬間。
姫美依菜は鼻息をさらに荒くして、両の拳をさらに天高く突き上げると、
「……イ、イヤッッホォォォオオォオウ!!」
と絶叫しながらジャンプした。
彼女は相撲取りと言うか、アスリートらしく打点も高く体を宙に飛び上がらせた。
突然の彼女の行動に、天ノ宮は見上げながら、
「姫美依菜関っ!?」
とびっくりした表情を見せた。
天まで昇るいい気持ち。
姫美依菜はまさに絶頂の瞬間であった。
しかし。
姫美依菜は忘れていた。
ここが浴場で、着地する場所が浴場の中であったことを。
垂直ジャンプした姫美依菜が、重力の法則に従い湯の中に着地する。
浴槽内に巨大な水柱が勢いよく上がる。
そして、姫美依菜の足の裏が浴槽の床についた次の瞬間。
彼女の足が、滑った。
「!?」
ふんばろうとした姫美依菜だったが、いかんせん着地した足裏の面積が少なすぎた。
姫美依菜はそのまま水の化け物に引っ張られるように滑り……。
「ぬぶおっ!?」
水中へ水没!
おまけに。
ガンッ!!
後頭部を浴槽の底部に強打!!
「ぼぐあっ!?」
大きく空けてしまったその口から、大量の湯が中へと入り込む!!
「ゴボボボボボボボ……!!」
哀れ姫美依菜は浴槽の中で溺れてしまった! ナムサン!!
その一部始終を見ていた天ノ宮は、呆然とした表情でしばらく姫美依菜が湯の中に沈んでいる姿を見ていたが、はっ、と我に返ったような表情を見せると、
「ひ、姫美依菜関っ!?」
そう慌てて叫ぶと、両腕で姫美依菜の腕を掴み、引き上げるのであった……。
(続く)
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