外伝・初顔合わせ(24)〜寝たふりしてるなら起こす方法は一つ・リベンジ〜
女子大相撲十両一枚目力士天ノ宮は、天ノ宮部屋の十両以上浴場で喜びのあまり飛び上がった挙げ句滑って浴槽の中で溺れてしまった姫美依菜を引き上げて、浴場の床に横たえた。
引き上げるときは自らの筋力と少しの魔法の力を借りてらくらくと引き上げることができた。すぐに引き上げたので、さほど水は飲んでいないはずだ。
それでも、肺に水が入っていたりすると大変なので、天ノ宮は処置を施すことにした。
斜め上から覗き込んだ姫美依菜の体は、女の天ノ宮から見ても美しい体つきであった。身長は、ほぼ同じだが、見た目姫美依菜のほうが高いように思えた。彼女のほうが年上だからというのもあるのだろう。
手足はこの体つきにしては結構太く、かなりの筋肉が付いていた。対戦した時、彼女の突きは強烈であったし、組んだときも結構な圧力があったことを天ノ宮に思い出させた。
胸の双丘は膨らみもよく、胸の両幅をはみ出すほどであった。天ノ宮も他人に負けないほどはあると自称していたが、それでも、この大きさには負けるかも、と思わずにはいられなかった。
腹のくびれも美しかったが、腹筋の割れ目も適度に付いており、稽古やトレーニングを積んでいることが伺えた。天ノ宮は自分も稽古を頑張らなきゃ、と改めて思わせるものであった。
腰・及び尻も大きく、組んだりしたときの圧力を支えるには十分な大きさに思えた。力士として十分な合格点を与えられるしっかりとした腰つきであった。
──これなら、十両以上にはすぐに行けそうね。わたくしも、負けれられないわね。
と同時に、もし自分が男であれば、彼女を抱きたくなるような欲情に襲われる。
──いけないいけない。お楽しみは、もう少しあとね。
そう思いながら、脳内の魔導演算機に命令を出し、いくつかの「個有能力」を起動する。瞬時に、天ノ宮の全身が強い白光に包まれる。
その白光が収まると、天ノ宮の姿に変化が現れた。天ノ宮の長い銀髪がいくつかの青系統の色に染まり変わり、一筋の銀筋がアクセントのように流れていた。体や手足の太さも若干細くなっているように思えた。目の色も水色になっている。
彼女は彼女の個有魔法──というか個有能力「タブラ・ルサ《すっぴん》」により彼女の能力を変化させたのであった。つまりは
「さて、姫美依菜の肺などにいる水さん、出ておいて」
彼女が優しく姫美依菜に向かって声をかけると、彼女の口元に変化が現れた。
こぽこぽ、という小さな音がすると、口元から湯が流れ出てきた。先程姫美依菜が溺れた時、飲んでしまった浴槽の湯だ。天ノ宮はそれに水の精霊を憑依させ、自律して動くようにし、それに命令して、姫美依菜の肺などから出るように指示したのだ。
体を得た水の精霊たちはそれに従い、姫美依菜の口元から流れ出る、そして極小の川を作り、浴場の排水口へと流れ出てゆく。
その流れの中で、水がいくつも盛り上がり、小さな頭を作って、お辞儀をしてまた水に沈んでいく。水の精霊たちだ。そのさまを見て天ノ宮は、ありがとう、と小さくお礼の会釈をした。
察しのいい読者の方々ならもうお気づきであろうが、天ノ宮は水の精霊使いなど、水を操ることのできるいくつかの
水の精霊たちが小さな河を作って流れているのを、天ノ宮はホッとした表情で見つめていると、彼女の脳内に少女の声が響き渡った。
『ねー、天ノ
その脳内の声に、天ノ宮は顔をしかめると、
『<水の精霊使い>! 別にいいでしょ! わたくしが誰を好きでも!』
頭の中で叱った。
しかし<水の精霊使い>と呼ばれた少女の声は、天ノ宮の叱責にもその飄々とした声を変えることはなく、
『まあそれで痛い目に合わないといいけどね〜』
という返事をした。
天ノ宮を莫迦にしたようにも思える、声の調子である。
彼女の返事に天ノ宮はますます顔をしかめながら、
『今日の一番で彼女はわたくしに負けたし、今場所はもう対戦はないでしょ!』
ふんっ、と息を吐いた。
天ノ宮の否定に<水の精霊使い>はニヤニヤしたような声で、
『そんなことを言っていると、あとで足をすくわれるよ? フフフ……』
そう応えると、天ノ宮の近くから何かがいる気配が消えた。
気配が消えたのを確かめると天ノ宮は、
「まったく……。わたくしのくせに……」
もう一度大きなため息を吐く。そして再び姫美依菜の姿を見た。
しばらく姫美依菜の口から湯が流れ出ていたが、やがて止まった。肺などから湯が出きったようだ。彼女の胸が上下し、呼吸をしているのも確認できた。
しかし。
「……」
「……」
「……」
「……」
待てど暮らせども姫美依菜は目が覚めない。
──おかしいわね、もうそろそろ目が覚めてもいい頃なのに……。
首を横に一つ振ると、天ノ宮の眼と髪が元の銀と金に戻った。体全体の太さも元に戻る。それから目の前に横たわる美女力士に視線を向ける。
その次の瞬間、彼女の双瞳から金色の光が瞬間的に周囲に飛んだ。その光が、姫美依菜の上も通過する。その光が消えたあと、彼女にだけ見える
──ははーん、美依菜ちゃん、わたくしにやろうとしたことをわたくしにやってほしいのですか……。
そう思いながら表示窓を消すと、何かを企む笑みを顔の全体に広げながら、姫美依菜のそばにしゃがみこんだ。
自分の顔を、姫美依菜の顔に近づけ、唇と唇を直線状に合わせる。
二十センチ……。
十センチ……。
五センチ……。
姫美依菜の顔を、影が覆う。
天ノ宮の顔が姫美依菜に近づくに連れ、心なしか、わずかに姫美依菜の顔がピクッと動いたような気もした。そして、唇が僅かに盛り上がったようにも思えた。恋人同士の口づけのときのように。
そして、二人の唇が重ならんとしたときである。
──そうはいきませんよ、美依菜ちゃん!
突然天ノ宮は右腕を動かすと、その手で姫美依菜の鼻を強くつまんだ。
その刹那。
「んぬぷっ!?」
姫美依菜の両目が大きく見開かれ、口が大きく開いた!
そして勢いよく起き上がると両腕で上にいた天ノ宮の体を強く押した。
天ノ宮は土俵際で強く突き出されたように体を押されて吹き飛ばされ、シャワー等のある壁の方へと飛んでいった。
天ノ宮は瞬時に風の個有魔法を発動。空気のクッションを作ると、そこに尻から着地した。
それを知ってか知らずか、起き上がった姫美依菜が顔を真赤にしながら、
「なにするんですか天ノ宮関っ!」
と声を荒げた。
軟着陸した天ノ宮は立ち上がると、
「だって、姫美依菜関、キスを求めていたのがバレバレだったし……。わたくしがさっき寝たふりしていたときにキスをしようとしたし……。やってもらいたかったんでしょうけど、残念でしたっ」
そう言いながら姫美依菜に近づき、いたずらっぽく笑った。
姫美依菜は同じく立ち上がりながら、
「天ノ宮関にキスしてもらえると思ったんだけどなぁ……」
と頭の上に黒いぐしゃぐしゃしたものが浮かんでいそうな残念そうな顔をした。
そんな姫美依菜に天ノ宮は近寄ると、子供をあやすような声で、
「キスだったら、午後の稽古の後でいくらでもしてあげますから。……その後のこともっ。さっ、頭と体を洗ってあげますわよっ」
そう言って姫美依菜の頭を優しくなでた。
その言葉の意味を理解し、姫美依菜は、
「……!!」
と鼻息を荒く一息吹き出し、
「はいっ、天ノ宮関っ!」
と満面の笑みで頷いた。
それからふたりは手を繋ぐと、壁際のシャワーの方へと向かうのであった。
(続く)
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