外伝・初顔合わせ(29)〜秘密会議、何という聞こえのいい響きか〜

 ──気がつけば、天ノ宮は深い海の底にいた。

 いや、正確には海中ではなかった。水槽の中のような場所にいた。

 その水槽には、水に似た赤色の液体が充満し、それは血のようにも思えた。その血の中に天ノ宮は様々なコードなどに全身を繋がれ、接続されていた。

 ──ここは……。<本当のわたくし>か……。

 夢うつつにも似た状態のまま、天ノ宮はぼんやりと思った。

 ──今頃あの肉体ボディは気絶した状態ね。早く戻らないと……。

 そう考え、なにか行動を起こそうとしたときである。

『やだあー、<あたし>、なんであんなビクビクしたあげく転んで気絶してんのー? まったく、情けないわねー?』

 天ノ宮と同じ年頃か、それより年上の女性の声があたりに響いた。急に、水槽や液体、コードが消え去り、全裸で空中に浮かぶ天ノ宮の姿だけが暗闇に残される。

 そして暗闇の中に、大勢の少女や女性の姿が浮かび上がった。あるものは戦士の鎧姿で、あるものは魔法使いの黒いローブを着込み、あるものは天ノ宮が女子大相撲で着ている廻しに組衣レオタード姿をしていた。彼女らの髪の毛や目の色はまちまちであったが、どことなく、天ノ宮に似ていた。

 その中のひとり、妖艶な顔で紫色の長い髪に、一筋の銀髪がメッシュのように入った、胸や尻がやけに強調された装束を着た大人な女性が前にずいと出て、意地悪そうに、諭すように笑った。

『まったく、スケベな事されると思っていたんでしょ? だから神殿のご奉仕はよく出ておきなってって言ったのにー。まっ、いい経験になったわね。これからは場所の間一回は出ておくのよ?』

「……」

『あら何その顔? 随分とご不満のようね? 自分で姫美依菜関を洗って迫っておいてスカしておきながら、その彼女に洗われてされると思って自爆するってとんだブーメランよ? それわかってる?』

「……自分だって思ってたくせに」

『あらやだその返し? <わたしたち>は精神網生命体だからね? 意識は共有してるわ。でもそれはあなたみたいにわたしは彼女をスカさないから? 本当にやっちゃうから。貴女と違って』

「……!」

『なによ!』

『まあ落ち着け<ハーロット>』

 その時、横にいた男のような黒色のショートヘアをした大人の女性が<ハーロット>と呼ばれた女性の前にずいと出て、腕で彼女を制止した。黒髪の女性は黒い廻しを締めていたが、組衣は天ノ宮の虹色や銀に近い白とは別の、紺色のものだった。

『<わたし>は姫美依菜に怒ってないんでしょ?』

「……うん、怒ってない」

 天ノ宮は一つ強く頷いた。その顔には当然です、という表情が現れていた。

 黒髪の相撲装束姿の女性は、ほっと一つため息を付いて言葉を続けた。

『ならそれでいいじゃないか。これから昼食の後宮殿の方の相撲場で彼女をアンマに稽古するんだろ? 彼女とギクシャクするのは稽古にもこれからの場所にも不都合だ。姫美依菜関と仲良くやろうな? <わたし>も、みんなも』

 彼女の命令とも取れる言葉に、天ノ宮が再び肯定の首振りをすると、周りにいた数多くの少女、女性たちも一斉に首を縦に振った。

『じゃあ、相撲場で会おう』

 黒髪の女力士がそう言うと、彼女らの姿が、一人、また一人と消えて行き、そして最後には誰もいなくなった。

 その静寂の場を見回すと、天ノ宮は小さくうなずき、

「……わたくしも、戻ろう。彼女のもとに」

 そう言って、目を閉じた。

 そして彼女の意識は、再び深い闇の中へと沈んでいった。


                                  (続く)

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