外伝・初顔合わせ(9)〜カップル、宮殿、連れ込み、何も起きないはずはなく〜

 二人を乗せた空飛ぶ車の車列は、シンキョウ湾よりはるか外の、高級停泊地に泊まっている天ノ宮の宮殿艦群の中でも、ひときわ大きなドーム状の艦の後部から接近していった。

「あれが天ノ宮関の宮殿艦……」

「そうよ」天ノ宮は姫美依菜に女教師のような声色で応えた。「宮殿艦としてはそう大きなものではないかもしれないけど、わたくしが一人で自立して生きていくためのすべてのものが、この艦を含めてすべて揃っているの」

「生きていくためのすべてのもの……」

 その言葉で、姫美依菜の確信はいよいよ深まっていった。

──姫様は、やはりただの人間じゃない。そう、この人は……。

 彼女がそう思う間もなく、車は後部吃水線近くの車両・飛空艇など発着口の、巨大なクジラが大きく口を開けたような様をした空間へと吸い込まれていった。

 姫美依菜はその様子を、天ノ宮の中へと入っていくような気持ちで眺めていた。それは半ば、正しいことであった。


                   *


 車は発着口奥の通路へと入っていった。

 オレンジ色の照明が連なる天井は高速道路のトンネルにも似ていた。姫美依菜はその明かりに照らされ、何があるのか期待と不安が入り混じっていたような表情を見せていた。

 それを見透かしたかのように、天ノ宮が表示窓ヒョウジ・ウィンドを操作し、

「すぐに抜けるわよ。ほら」

 と言い、表示窓に映る前の光景を指さした。

 表示窓は眩しい光で満たされていた。その光が、左右の窓も満たした。

「うわぁ……」

 姫美依菜の顔が喜びと驚きの色に満たされた。

 上はドームに包まれているとは思えない、人工太陽の白光に高い青空。左右は一面の木々と草花。そして目の前には──。


 華美な装飾で彩られた、巨大な宮殿が鎮座していた。


 車列は森の中を走る道を通り抜けると、宮殿の前庭へと入り、そこに設けられたロータリーを回る。

 ロータリー目前の巨大なひさしのついた車止めへと黒塗りの高級乗用車はスピードを落としながら行き、そして入り口前丁度に止まった。人間のものであれ、機械のものであれ、見事な運転の業前であった。

 入口側──姫美依菜が座っている側の扉が力強く開かれる。天ノ宮と同じか、少し若いぐらいの顔をした侍女服姿の少女が、ドアを開けていた。

「さっ、降りて」

 天ノ宮に促されるまま、姫美依菜は車から降りた。風呂敷は……、と思ったが、後ろでトランクの開く音がした。そう言えば、付き人さんに入れてもらったっけ。彼女は思い出すと、草履でアスファルトを踏みしめ、防弾・防魔法ガラスと思われる入り口の前に立った。

 遅れて天ノ宮が彼女のそばに立ち、満面の笑みで一礼した。

「ようこそ、我が家へ」

「お邪魔いたします」

 姫美依菜も笑顔で礼を返した。

「さっ、行きましょか」

「ええ」

 二人は並んで歩き出すと、宮殿の中へと入っていった。

 玄関の中へ入ると、巨大な絵画が壁に掛けられていた。たしか秋津洲神話の一場面だったように姫美依菜は記憶していた。模作でも、これだけの絵画が玄関に当たり前のように飾られているのは、さすが皇族かな、と姫美依菜は思った。

「これに乗りましょ」

 天ノ宮がそう言うので、そちらの方を見ると、人がひとり乗れる程度の大きさの白い板に人が捕まる棒が着いたものが二つ、宙に浮かんでいた。秋津洲では街の移動に使われる乗り物、フローティングボードだ。秋津洲ではこれが自転車感覚で使われている。

 姫美依菜が頷いてフローティングボードの一つに乗ると、天ノ宮も乗り、彼女が先頭になり、車が通れるような幅広い廊下を進んでいく。

 その後を、付き人や侍女たちが歩いていく。

「本当は宮殿の中へ行きたいけど、ちょっと寄り道するね」

「寄り道?」

「わたくしの相撲部屋よ。天ノ宮部屋」

「ああ」

 応えて姫美依菜は合点がいった。

──そう言えば、姫様は宮殿に自分の部屋を持っていたんだっけ。そこに付き人の弟子とか、月詠部屋時代から仲の良かった同期とか、あとあの三矢事件で濡れ衣を着せられてから復帰した力士とかが所属しているんだっけ。

 そう思う間もなく、フローティングボード二台は角を右へと曲がり、そちらの方へと進んでいった。

 程なくして、廊下の雰囲気が変わった。白い壁から木目調の壁へと変わったのだ。

 暫く進むと突き当りに、木製の壁と横開き型の扉が待っていた。

 そしてその壁には、黒文字で記された看板がかかっていた。看板にはこう記されていた。


 ──天ノ宮部屋


 と。

「ここが、わたくしとみんなが稽古したりしている部屋よ。どう?」

 天ノ宮はフローティングボードを止めて降りると、姫美依菜に向かって立ち、友人を紹介するように扉を指し示し、自慢気に笑った。


                                  (続く)



 

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