外伝・超SSその1「ちゃんこ鍋」
秋津洲皇国の
そこにある女子大相撲の部屋の一つ、
「ふーんふーんふーん。……早く出来上がらないかな。約束があるのに……」
そこに、部屋付きの親方(というには少しあやしいが)の、これまた相撲浴衣姿の
「おっ、甘巾木、ちゃんこ鍋作ってんな」
「天ノ宮です。きょうはちゃんこ当番なので」
「もうすぐ秋場所の番付が発表されて、十両に正式に上がるからお前さん、これでしばらくちゃんこ当番とは無縁だな」
「すぐに落ちなければの話ですけどね」
「お前さんの稽古を見ていると、そうとも思えんがな。どんどん上に上がりそうな勢いだぞ」
「出稽古で十両の方と三番稽古を取ると、そんなに甘いものではないと痛感しますけどね」
「殊勝だな。ところで話は変わるが、ここで豆知識だ」
「なんですか師匠?」
「そのちゃんこ鍋、鶏肉を使っているが、なんで鶏肉か知っているか?」
「嫌ですわ師匠。わたしを莫迦にしてますの?」
「じゃあ何だ言ってみろ」
「牛や豚などだと、四足なので前足、つまり手に土がつくので相撲では負け。なので縁起が悪いとされてますの。対して鳥は二本足。人間と同じで手に土がつかないので縁起が良い。そこから来てますわ」
「なるほど百点満点だな。だがそれにも諸説があってな」
「なんでしょうか?」
「向こう側の世界、つまり、相撲がもともとあった世界では、牛や豚などの殺生が禁じられていたので、そうでない鶏が主に肉としての主食とされていたり、その頃は牛などを飼ったり食べる習慣がなかったので、鶏を食べるしかなかったなどという説もあってな。まあ転生者の言い伝えだから、よくわからんが」
「へえ〜。そうなんですか。それはためになりますわ。……でも、その程度の話で得意げな顔をしないでください。師匠」
「自慢したっていいのにさあ」
「得意な顔をしてると下手を踏みますわよ」
「ならもう一つ豆知識だ。国技館の焼き鳥とかがどこで作られてるか知ってるか?」
「それも知ってますわよ。国技館の地下ですわ。リョウゴク国技館などの地下は焼き鳥工場になっていて、そこで作られた焼き鳥弁当などが観客などに販売されておりますのよ」
「流石だな餡子餅」
「天ノ宮です。でも、鶏肉だけだとちょっとそっけないですわよね。時には牛肉なども恋しくなりますわね」
「ま、お前さん、出自が出自だしな。贅沢なもんばかり食べていただろうし、それは忘れられないだろうしな」
「まあ、それはそうですけれどね。ところで……」
「なんだお前さん、意地の悪い顔をして」
「師匠、現役だったときはどんなちゃんこ鍋を作っていたんですか?」
「えー? 部屋にいたときはこことそんなに変わらないぞ。水炊き、だし炊き、塩炊き、味噌炊き、いろいろ作ったぞ。食材も鶏や野菜だけでなく肉や魚などをぶつ切りにしていっぱい入れてかき混ぜるって感じで……。まあ『お前は力士を引退しても料理人としてやっていけるぞ』って何度も言われていたっけな〜〜〜〜」
「そこまで自信あるなら作ってもらいましょうか?」
「え?」
「実は私、ちょっと凜花たちと街に出る約束をしてまして……。みんな先に行っちゃってるんですよねー。というわけで、ちゃんこ作り。お・ね・が・い・っ(はあと)」
そう言うと天ノ宮は着ていたエプロンの紐をほどき、キッチンに置くと、脱兎のごとく走り出し、厨房を出ていってしまった。
「おい、ちょっと待てよ天ノ宮!?」
と大きな声で鬼金剛が呼びかけても後の祭り。アフターフェスティバル。その場に取り残されてしまった。
ぽつんと一人、鬼金剛はぐつぐつと煮える大鍋の前でため息をつくと、
「あいつめ……。十両昇進したからってちょっと気が抜けてんな。あとできっちりしごいてやるか」
そう言うと、目の前の光る金属製の、料理店で使われているのと同じ、何十人分もの料理を作る大きさと深さを持った鍋を見つめた。
彼はしばらく鍋の中の鶏肉や野菜、汁などを見つめたあと、
「……しかし、こう見ると懐かしいな。昔の入門時代を思い出すな」
そう言って浴衣の袖をまくった。
「さて、俺様の腕前を見せてやりますか」
鬼金剛は一息ついてそう言うと、鍋の中のお玉の柄を握り、力強くかき混ぜ始めた。
現役時代、部屋でのあれこれを思い出しながら。
<終>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます