外伝・初顔合わせ(33)〜風呂上がりに……。SIDE:姫美依菜〜


 長かった(?)入浴を終え、姫美依菜と天ノ宮の二人は天ノ宮部屋の十両以上・親方など用浴場から上がり、脱衣場に帰ってきた。

 開けた戸から浴場の熱い湯けむりが流れ込み、脱衣場の鏡を真っ白に染め上げた。

 二人の体には風呂の湯と体からにじみ出た汗とその他諸々の液体が水滴となって珠状に皮膚の上に浮かび、あるいは流れ落ち、体からは湯気がはっきり見えるほど立ち上っていた。それは熱い湯の入った浴槽に入っていただけではない別種の熱さのためでもあった。

 それぞれの浴衣などが入ったかごの前で大きな名入りのタオルで体を拭きながら、お互いはお互いの顔と体をちらりちらりと覗き見していた。あるものには美しく見え、また別のものには力強く見える二人の体つきだったが、二人は相手の体を稽古のときよりも魅力的に思えた。

 いや、思えてしまっているという方が正しいのかもしれない。お互いが相手の体を見せてしまった以上、その強さも弱さも知ってしまった、という方がより正しいのだろう。

 二人はそんな関係へと進んでいた。

 


 一方、姫美依菜は。

 ──天ノ宮さんのこと、もっと好きになっちゃった……。

 胸の内で心を躍らせていた。

 午後あるという稽古が終わったら、「お勉強会」しようかなあ……。

 でもその前に。

 姫美依菜は自分の体を丁寧に拭きながら、目を細めた。


 天ノ宮関。彼女の「個有魔法」には、なにか重大な秘密があるわね。本割のときに姿を変えた。<白き石板タブラ・ルサ>。それが彼女の個有魔法の名前だという。

 しかしあのタブラ・ルサ。本来は個有魔法だけを所有する個有魔法だと聞いてた。でもあのとき発現したのは明らかに<職能魔法>。個有魔法じゃない。

 それに、私がさっき風呂で溺れたとき、天ノ宮関は肺とかから水を出してくれたけど、あのとき彼女のそばに明らかに誰かの気配があって、その誰かと会話していた。

 溺れていたおかげではっきりとは聞き取れなかったけど。

 それに、天ノ宮関は稽古のときに自分は脳を魔導化していると言っていた。ならば、体にもなにかの処置が施されていると考えたほうがいい。

 さらに言うなら……。


 名入りのバスタオルで体を拭き終わり、脱衣場のかごに放り込むと今度は籠の中に折りたたんであったスポーツブラジャーとパンツに手を伸ばしながら姫美依菜は思案を張り巡らせる。

 この天ノ宮部屋のある宮殿艦に車で来るときに、天ノ宮関は自分の宮殿を見ているような目つきではなかった。まるで自分の体を見ているような感じだった。


 そう。


 この宮殿艦は天ノ宮そのものなのだ。おそらくは。


 スポーツブラジャーの硬い紐に腕を通し、ホックをはめながら姫美依菜は一つ頷く。

 私の家、巻島家は魔法の符号製造プログラミングで名を上げた家だけど、今では魔導演算器や魔脳、人工人格、人造人間の生産など、幅広い範囲の手掛けるようになった。

 私は小耳に挟んだ程度だけど、天ノ宮関がまだ幕下だった頃、巻島の財閥が大きな事案を進めていたというのを聞いたことがある。いろいろな財閥グループ組合ギルド神殿連合パンテオンなどと組んで。

 その中心というのが……。皇室らしかった。

 なんで皇室がそんな大きな事案の中心に、と思っていたけど、今ならわかる。


 その事案は天ノ宮関のために進められていたのだと。

 

 スポーツブラジャーをつけた姫美依菜は、次に黒いスポーツパンツを掴んで足を通すと、きれいに折りたたんだ自分の湯文字が入った白い浴衣を広げ、袖を通す。


 おそらくは皇室が神々からなにかの神託を受け、この事案を密かに進めていたのだろう。それは彼女天ノ宮関に知らされていなかったはずだ。神託の対象が神託の内容を知ってしまうと、その運命を変えようとして動いてしまい、逆に悪い方向へ運命が動いてしまうことがあるから。


 それはともかく。


 天ノ宮が関取になったときの組衣と廻しの色、そして今の組衣と廻しの色が違うのもそれが理由なのだろう。単に正体が露見したからではない。あの白銀の組衣と廻し。あれは。


 白無垢であり、死装束なのだと。


 姫美依菜は着込んだ浴衣の紐を強く締めた。


 彼女はおそらく一度死んでいる。そして、蘇った。神々の力と人間の力を借りて。

 そしてさらなる「力」を得た。どのような力なのかはまだはっきりとはしない。でも、ただの「白き石板タブラ・ルサ」ではない。それは明らかに言える。

 おそらく、午後の稽古でそれが明かされるのだろう。

 その力に相対して、今の私で、勝てるのだろうか。

 ……自信がない。


 ……力がほしい。

 彼女の本当の姿、本当の力に相対できるだけの力を。


 若干うつむきながら、彼女は洗面所の一つへと向かう。

 その時だった。


「姫美依菜関、なんか怖い顔してるよー? どしたのー?」


 同じように自分の浴衣を優雅に着込んだ天ノ宮が、苦笑気味の顔でこちらを覗き込んでいた。白銀の長髪が無邪気にサラリと流れる。その顔は天真爛漫な少女の顔だった。


「ううん、なんでもないわよ」

 姫美依菜は笑顔を作ってそう応えてかぶりを振り、洗面所備え付けのドライヤーに手を伸ばす。

 彼女は片手でドライヤーのスイッチを入れ、熱風を濡れた長い黒髪に当てながら、内心で決心した。それは神々への誓約にも似ていた。


 ──勝つためには手段を選んでいられないわね。あの天ノ宮に勝つには。


                               <続く>

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