第41話 欲望

レストランの華やかな雰囲気に、しばしあたりを見廻して感銘を受けていました。

沙也もこんなお店は好きだろうか。彼女と来られたらいいのに、と思いました。

素敵な場所へ来ると、私はいつも沙也のことを考えます。


メニューを手渡され、私は須藤と同じコース料理を選びました。やはり、私が普段行くようなお店よりも高額でした。ですが正社員になれば、たまにはこういう場所にも来られそうだと思いました。沙也にご馳走してあげよう。赤ちゃんが生まれる前に・・・そんな事を考えていました。


須藤は上機嫌で話していました。私が部署移動をした後の業務内容や職務の流れなどを詳しく教えてくれました。部署内の他の営業社員の方達の性格や傾向なども話してくれました。私は静かに聞き入っていました。


「ユリちゃんに言い寄る奴もいるかもしれない。もし仮にセクハラをされるとか、困ったことがあったらいつでも相談して欲しい。対処するから。」


須藤の言葉に苦笑いしそうになりました。当の本人には、自覚がなかったのでしょうか。


ソフトドリンクで乾杯をしました。


「今はまだ内示以前の段階だが、前祝いだね。もうしばらくすればユリちゃんは社員になる。おめでとう。」


須藤は満足そうに言いました。


「まだ、早すぎますけど・・・試験も受けていませんし。」

「ささやかだけど、お祝いのプレゼントを受け取ってくれるかな。」


私の言葉など意に介せず、須藤はジャケットの内ポケットから何か取り出しました。上品にラッピングされた小さな箱を差し出され、戸惑いました。


「ユリちゃんに似合いそうだと思って。開けてみてくれるかい。」


妙な緊張感に襲われながら、包みを開けました。

思わず見とれるほど、美しいホワイトオパールのネックレスと、イヤリングのセットでした。ゴールドと白の組み合わせが上品で華やかで、しばし見入っていました。私は耳に穴を空けてはいませんでした。イヤリングを選んでくれたことにも心打たれました。


「こんなに高価そうなものを受け取るわけにはいきません。」


気付けばそう口に出していました。今までずっと、彼がどれほど私に尽くそうと遠慮などしないつもりでした。ですがこの時は、思わず拒否していました。


「奥様にプレゼントしてあげてください。ラッピングをし直せば問題ないと思います。」


私は箱を須藤の手元へ押し戻しました。須藤は私の手を握りしめました。びくりとしました。


「ユリちゃんに身に着けて欲しいんだ。ユリちゃんのために選んだ。気に入ってくれたようだったけど、違うかな?」


私は目を伏せました。宝石の美しさに一瞬心を奪われたのを見抜かれていました。恥ずかしくて、いたたまれない思いがしました。


「ほんのささやかなお祝いだよ。受け取って欲しい。営業の女性は華やかにするのが良いと思うんだ。着けてあげよう。」


須藤は素早く私のところへ歩み寄り、ネックレスを私の首の後ろで留めました。彼の手が首に触れると、体中に電流が走ったような気がして、必死で身を固くしていました。続けて彼の手が私の耳元へ伸びました。彼がイヤリングを着ける間、声が漏れそうになるのを堪えていました。


何故か裸にされたかのように恥ずかしくて、俯きました。

須藤は私の手を引いて告げました。


「ユリちゃん、入り口の近くに鏡があったから来てごらん。」


私は須藤に手を取られたままそろそろと立ち上がり、鏡のそばへ歩いてゆきました。須藤は私の肩に手を置き鏡の前に立たせました。


「ほら、やっぱりすごく似合っている。」


私は恐る恐る自分自身を見つめました。彼が私に着けてくれたアクセサリーはまばゆく魅力的でした。隣に立つ男性は、勝利の笑みを浮かべていました。


なんと情けないことでしょうか。私は彼のいいように心操られてしまいそうだと不安に駆られていました。そして正直に言うならば、本当はここまで書きたくはないのですが、私はとても感じていました。あの人に触れられ、私はおそろしく感じていたのです。


ただ都合の良いように利用しようとしていた男性に対して、いつしか私自身が欲望を潜ませていたなどと。しかもそれは、この時突然起こったことではなく、遡るならばもっとずっと以前から、この忌まわしい身体はあの悦びを求めていました。

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