第26話 寄り道
どんな言葉を返せば良いのか心細くなっていたところに、お料理が運ばれてきました。大きなお盆にお寿司や天ぷら、茶碗蒸しなど、あれこれと載せられていました。
「美味しそうですね。」
馴染みある回転寿司とはまるで異なる、上品で繊細そうなお寿司に目を奪われました。
「ユリちゃん、お腹空いていたかい?若いんだから沢山食べたらいいよ。追加もできるし、一品料理も美味しいから、お腹に余裕があればね。」
須藤が笑顔になりました。私も緊張がとけ、食事をいただくことにしました。
営業職へ移るかどうかはともかくとして、料理が運ばれてからは話題も変わり、雑談しながら食事をしました。お寿司もお料理も素晴らしくて、自然に会話が弾みました。
自分にとっては敷居の高いようなお店に連れて来てくれたことも有難かったし、良い経験だと思いました。素敵なお店に詳しいことは、彼がスマートな大人の男性のように感じましたが、そのような部分で彼に心を許してはいけないという気持ちも失くしてはいませんでした。
「本当に美味しかったです。こういうお店は初めてで緊張しましたが・・・須藤部長はいろんなお店に詳しいんですね。」
デザートのシャーベットを頂きながら伝えると、彼は静かに私を見つめていました。時おり彼がこのように私を見つめることに内心戸惑っていましたが、だんだんと慣れつつありました。
「まあ、仕事柄ね・・・外食はけっこう多いからね。ユリちゃんが気に入ったならまた来ようか。札幌にも良い店はたくさんあるけど、またそのうちにね。」
須藤はくつろいだような、穏やかな笑顔で言いました。私を見つめる眼差しが優しく、嬉しそうな表情に複雑な気持ちになりました。この人の好意を利用しようとしている自分に躊躇し始めていました。
「そろそろ行こうか。夕方までに帰らないとね。」
お寿司とコース料理をゆっくり頂いたので、すでに3時近くになっていました。私が夕方までに帰りたいと言ったことを尊重してくれるのを有難く思いました。
彼は席を立ち、支払いを済ませていました。お会計の数字が見えましたが、昼食と言えども非常に高額でした。
「今日も、ご馳走様でした。・・・いつもご馳走になってばかりですみません。」
奇妙な感覚でした。会社帰り、数人での飲み会ならばよくある事でしたが、週末ふたりきりで、夫でも恋人でもない男性に支払ってもらうことに、気後れせずにはいられませんでした。
「気にしないで。俺はユリちゃんと食事できることが嬉しいし、ユリちゃんに払ってもらったりしたらかっこ悪いからね。ユリちゃんは近々俺の部下になるんだから当たり前だよ。」
須藤はごく当然のように言いましたが、やはりプレッシャーを感じないわけではありませんでした。
車に乗り込むと、札幌方面へ向かって走り出しました。
「帰る途中に、良さそうなカフェがあるんだけどね・・・ユリちゃんはそういうお店が好きだそうだから、調べてみたけど、今日はあまり時間がないみたいだしね。」
運転する須藤の横顔を盗み見ると複雑な気持ちになりました。私が以前カフェが好きだと話していたのを覚えていて、お店をわざわざ調べてくれたのかもしれないと思うと申し訳ないような気持ちになりました。
「すみません。すごく急いでいるというわけではありませんが、またいずれ・・・」
「気にしないで。俺もお洒落なカフェなんて行き慣れてないし、ユリちゃんとだったら行けるかなと思っただけだから。」
須藤は穏やかに答えました。気を悪くしていた風ではないのを見て安堵しました。
車は札幌へ向かって走り続けていました。しばらく走ると、だんだん口数の少なくなっていた須藤が言いました。
「ちょっとだけ寄り道してもいいかな。そんなに時間はかからないから。」
私はもちろん構わないと伝えました。車は手稲地区のあたりを走っていました。須藤は車のナビを眺めながらどこかへ向かいました。
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