第11話 須藤の家庭

翌日、彼に返信をしました。


彼の側から見た私のことをよく理解したと。でもあまりにも残酷であったこと。自分の姿に絶望したこと。傷ついていること。死にたいと思ったこと。でも立ち直るつもりでいること。今はどうすれば良いかわからないということも。


泣きながら、私も長いメールを書きました。


しばらくして、彼から返信が来ました。また長い文章でした。


昨日から返事がなくて、また不安になっていた。私にとどめを刺してしまったかも知れないと恐れていた。私が向き合いたいと言ったから書いたけれど、ひどいことをしてしまった。


私が傷ついていることが伝わっている。心が痛む、自分が間違っていた。

できる償いはなんでもする。


謝罪めいた言葉と、彼の夫婦関係、家族との関係についても語られていました。


彼の家庭は壊れていたこと。若い頃に結婚をして、仕事が忙しく、夫婦の時間がすれ違ってしまっていたこと。奥さんが浮気をしたらしいこと。奥さん、お子さんとの関係は冷ややかで、家庭内別居のような状態であること。


何人もの女性と関係を結んだこと。彼にとっては本気の恋愛だったということ。


私を初めて見たときの彼の印象。会社で会うのを楽しみにしていたこと。会話したり食事に出かけるようになれたのを嬉しく思っていたこと。


私を辱めるつもりはなかった。私が彼を好きなのかも知れないと思った。彼を好きになって欲しかった。


私からのメールを心待ちにしていること。

いまも私のことを、苦しいほどに想っていること。


彼のメールは、後半はまるで熱烈なラブレターであるかのような言葉が並べられていました。私は奇妙な、不快な気持ちになりました。


須藤が家庭のことで淋しい思いをしていたのは意外でした。時おり家族やお子さんの話をしていたので、幸せな家庭であるとばかり考えていました。


私が世間知らずだったのでしょう。私にも結婚の経験がありましたが、恋愛期間を過ぎてしまえば、冷たくなる男性のことを嫌というほど知っていました。


奥さんやお子さん達に冷たくされ、自分の家庭が壊れていたから、須藤は外で慰めを見出そうとしていたのでしょう。そうして出会う女性達とのまやかしの関係へのめり込んでいたのでしょう。


この日の彼のメールは、もっとも彼の本心が晒されていたように思います。

とはいえ彼が私へ恋愛感情を抱くなどと、なんとも迷惑な、厭わしい思いがしました。


そしてふと、私の内側におそろしく冷たく、残酷な何かが涌いて出ました。


この人に払わせよう。知りたくもなかったことを知らされ、出会いたくなかった闇と向き合わされた代償をこの人に払わせる。


そんなに溺れたければ溺れさせてやろう。

まやかしの、存在しない恋に苦しめばいい。


私に夢中になりそうなこの男を操り、自分の幸せのために利用すればいい。彼からできるだけ多くのものを、吸い取れるだけ吸い取って、捨てよう。


そんな悪魔のようなたくらみが私の中に生まれたのです。


闇と向き合わされ、私はその闇をみとめました。

私の中で何かが死に、別の何かが生まれた瞬間でした。

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