第10話 闇の底

彼の記憶と、彼の目に映る私と、失われ、再び蘇った記憶が少しずつ重なってきました。彼の描写と私の記憶は恐ろしくも、一致し始めたのです。


彼の書いた、とうてい受け入れがたい私の姿は。

私の記憶から消したかった私の姿でした。


彼の行為を望んでなどいなかった。

なのに私の身体はたやすく反応し彼を受け入れた。


私は屈辱のあまり、そんな自分を受け入れきれず、認められず、記憶を封印した。


彼はこれを書きながら、自慰をしたかもしれない。

そんなことが頭をよぎりました。


そして本当に恥ずかしいことですが、私は彼の書いたものを読み、何度も読み返し、思い出し、感じて仕方なかったのです。


私は身体の求めるままに、奥深い敏感なところに手を触れると、生ぬるく濡れ広がっていました。あの屈辱とたやすく心を裏切った自分の身体を憎みながら、求めに応じて指を滑らせました。少しずつゆっくりと、やがて激しく、昇りつめて達するまで。何度も、何度も。


ああ、なんということでしょう。記憶の彼方に封印されていた私とは。

好きでもない、望んでもいない相手に触れられ、たちまち理性を失い、心をたやすく裏切ってしまうこの躰は。もう男性に自分を許さないつもりでいたのに、快感を貪り愉しんでしまう忌まわしいこの肉体は。


須藤を憎みながらも、ぼろぼろに傷つきながらも、立ち上がって前に進もうと心に決めたというのに。


さらに許せないのは、この弱すぎる身体と自分自身なのでした。


須藤のその長いメールによって、私はもう立ち上がれないほどに打ちのめされていました。

生まれて初めて、死にたいという思いがよぎりました。

ですがすぐに打ち消しました。


私は死んだりはしない。この出来事にも意味があるはずだから。

もっと良い場所へ行くために、いままで頑張ってきた。もっと幸せになるために。

転んでも、ただで起きなければいい。今のこの苦しみに見合うだけの、いいえ、この苦しさを補って余りある、価値ある何かを私は手に入れなければならない。

そう自分に言い聞かせました。


ですが私は泣いていました。

神様、助けて下さい。

私を許してください。


神様はあらわれてはくれませんでした。

ですが本当に苦しいとき、結局そこにすがってしまうことを思い知りました。

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