第15話 約束

翌日になると、少し冷静になっていました。


須藤の言うように、いつまでも無理な状態を続けることはできないし、私自身も、彼と再び向き合うことは避けられないと思っていました。不自然に逃げ回るだけでは私は少しも立ち直ってなどいない。あの人を克服しなければと、勇気を奮い起こしました。


その時は土曜日の午前中でした。会うとしたら、その日か翌日の日曜日か。でも翌日にすると決意が揺らぎそうでした。


須藤に返信をしました。

その日、土曜日の午後3時頃、円山公園で会いましょうと伝えました。彼と会うとしたら、ふたりきりになるような場所は嫌でした。ですが店の中で会うのも気が進みませんでした。公園であればある程度人もいるだろうし、他人に話を聞かれない程度の距離も保てるだろうと考えました。


すぐに返信がありました。必ず行きますとの事でした。私自身は必ず行けるのか自信がありませんでした。でも行かないわけにはいきません。彼のためではありません。自分のために向き合わなくてはならなかったのです。


須藤に連絡をしたものの、気持ちは重く沈んでいました。それでも行かなくてはという気持ちはありました。円山公園近くのフレンチレストランへ電話し、ランチの予約をしました。札幌市内、円山近辺には魅力的なレストランが多くあります。日頃、自分の給料ではたまにしか行けない場所ですが、この日は気力を奮い起こすために、美味しいものを食べようと思いました。そうでもないと家から出られそうにありませんでした。


レストランへ行くのは楽しみなものですが、その後の予定を考えると複雑な気持ちでした。ですがとりあえずは食事を楽しみ、どうしても行きたくなければ行かなければよいと自分に許可すると気持ちが楽になりました。もともとあの人の申し出など、無視しても構わないのだと思いました。自分の予定はレストランで食事をするだけだと思い込もうとしました。


円山公園近くにある私の好きなレストランは、少しわかりにくい場所にありますが人気のお店でした。ひとりだったためか、当日でも予約が取れたのは幸いでした。


普段はあまりお酒を飲みませんが、この日は昼なのにワインを飲みました。やはり私は不安でたまらなかったのです。食事は相変わらず美味しかったのですが、サービスの男性がもしかすると、自分を性的な目で見ているのだろうかとか、以前は気にもしなかったことを考えてしまう自分が嫌でした。


このレストランのコースは品数が多く、ボリュームもありました。私は食べるのが遅いので、デザートの頃には閉店時間の3時になっていました。


お店のオーナーは気にせずゆっくり召し上がって下さい、と声をかけてくれました。デザートの後、締めくくりの小菓子を出してくれましたが、お腹がいっぱいでした。


既に須藤との約束の時間は過ぎていました。携帯に彼からメールが来ました。公園のどこにいるのかという確認でした。私は返信せず、食後酒をお願いしました。


甘くて強いデザートワインを少しずつ飲むと、体が熱くなる感覚がありました。いくぶん気持ちが大きくなるような、楽になる気がして、もう1杯注文しました。

食事をしながらワインも飲んでいたので、頭に少しもやのかかったような感覚でした。会計を済ませると3時半を過ぎていました。須藤から、何度かメールが来ていました。彼がどの場所にいるかを知らせて来たり、私が来るまで待っています、という内容でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る