第14話 偽り

須藤にメールを送りました。


封筒を受け取りました。お気遣いをありがとうございます。もうこれ以上は気になさらないで下さい。あの日のことは忘れてしまって下さい。私もそうできるように努めます。


まだ心は恨みでいっぱいでしたが、綺麗ごとを並べました。

須藤からすぐに返信がありました。


明日から数日出張へ出ます。金曜日の夕方に戻ります。今週はもう会わずに済むと思います。安心してお過ごしください。


そのような内容でした。思いがけず健気さを感じて、彼に同情しそうになりました。少し考えて、再び返信しました。


ありがとうございます。お気遣いに感謝しています。あまり無理はなさらないで下さい。気を付けてお出かけ下さい。


彼からすぐに返事がきました。


いまだに連絡しあえることを感謝しています。ユリちゃんの真摯さ、心の美しさに救われています。いずれまたお話しできることを願っています。


彼のメールに少し熱が込められたように思えました。返信はしませんでした。


翌日からの数日間、オフィスでは心地よく過ごせました。仕事は忙しかったのですが、その忙しさが私を現実に戻してくれていました。資料を作成したり、電話の応対をしたり、それに伴う雑用をこなしていると、すぐに1日が過ぎてゆきました。時に、例の出来事が起きた応接スペースのソファを目にしてしまうと気分が沈みましたが、一瞬のことでした。目の前の仕事に集中していれば感情を引きずらないで済みました。


須藤と会うことがなかったので、職場では問題なく過ごせていました。ですが夜になると彼からメールが来るようになりました。


体調を気遣われたり、私の精神状態をうかがうような内容から、私を賛美したり、私のことをいつも想っているという風な感情的なことも。

どう対応すれば良いのか迷いました。基本的にはすぐに返事を送らず、数時間経ってから、あるいは翌日以降に短く丁寧に、いくぶん事務的に返信をしました。


その週は須藤がいなかったので、会社では何事もなく過ごせました。日常に戻ることができて、ショックもずいぶん薄らいでいました。このまま須藤と会わずにいれば、もう立ち直れるのだろうと思えました。ですが今の状態は須藤に無理を聞いてもらっているだけの不自然な状態だとわかっていました。


金曜日の夜のことです。須藤が出張から戻る日でした。私はほとんど定時に会社を後にしましたが、6時過ぎに彼からメールがありました。


一度、会うことは可能でしょうか?しばらくの間、会社でユリちゃんと会わないように気を遣っていましたが、来週は会議があるので会社にいます。今後も常に営業や出張で外にいるとは限りません。ただ顔を合わせないために避け続けるのは無理があるかもしれません。私はどんなに責められようが、殴られようが構いませんから一度会ってもらえませんか。


そのように書かれていました。須藤の申し出はもちろん理解できます。でも私は冷や水をかけられたようにぞくっとして、気分が悪くなってしまいました。またあの男と、どのように会えと言うのでしょうか。


これまでも彼と連絡を取ることはできましたが、それはメールだったからです。書くだけの言葉ならいくらでも取り繕い、心なくとも穏便なやりとりができました。ですが会うとなれば、まだとても気持ちがついてゆかないのです。彼を前にして気持ちを乱されずに接するなど、とうてい無理に思えました。


その日、返信はしませんでした。

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