第38話 コール

その日を境に私は改めて筆記試験の勉強に力を入れました。以前購入した問題集は一通り終えていましたが、あらためて復習し、別の問題集も購入して学科試験に備えました。


須藤からは適性試験の訓練にも力を入れるようにとアドバイスを受けました。彼は試験問題をある程度調べられそうだと仄めかしましたが、断りました。リスクのある行為ですし、試験の成績があまり良いのもかえって不自然だと思いました。それまである程度の対策をしてきたので、筆記試験ぐらいは実力でこなしたいと思っていました。


その週末は試験勉強をしたかったので、運転の練習は断りました。須藤は非常に残念そうでした。土日になると、彼から何度も長いメールが届きました。会えないのが残念だとか、私のことばかり考えているとか、率直な表現が満載のラブレターでした。


勉強中でしたし、長いので返信せずにいると、さらに長く感傷的な文章が送られてきました。あまりエスカレートされてもいかがなものかと思い、短く返信すると、電話がかかってきました。


「忙しいところ、悪かったね。勉強ははかどっている?」

いつもよりもやや遠慮がちな声でした。


「せめて声だけでも、どうしても聞きたくて。ユリちゃんに会えない週末はきつい。」

彼らしくもない、元気のない声でした。


「お電話ありがとうございます。運転の練習は私もしたかったのですが・・・でも、須藤部長が私を採って下さるなら、試験の出来が悪くては申し訳ないですから。私もできるだけの努力はしようと思うんです。」


「ユリちゃんは本当に真面目だね・・・筆記試験なんて正直それほど重要でもないのに。大部分、面接の方が大事なんだ。面接となれば、誰だってユリちゃんを選ぶはずだし、そんなに頑張って勉強しなくても・・・」


須藤は残念そうな声を出しました。


「須藤部長は私を選んで下さるかも知れませんが、他の方はどうかわかりません。他の人から見て、不自然と思われないように私も頑張ろうと思っているんです。」


なだめるように言うと、須藤は不満そうに同調しましたが、やがて、声の調子を変えて言いました。


「来週末は、俺と面接の練習をしようか。質問の内容は大体決まっているから、印象の良くなる受け答えを一緒に考えるのはどうだろう?」


もっともらしい提案でしたが、この人は私と会うためなら、いつもあの手この手なのだなと思いました。そしていつの間にか、それが少しも嫌ではなく、むしろ心地良くなっている自分がいるのでした。会いたいと言われること、求められることが秘かに快感となっていました。


「そうですね・・・でも、試験の日はもう少し先ですから、来週末が面接の練習だと早すぎるかもしれません。次の週末も勉強しようかと思っていたのですが。」


須藤が私に会いたいことは重々承知の上で、さりげない口調を装いつつ意地悪な返事をしました。


「そんなにガリガリ勉強しようがしまいが、ユリちゃんが選ばれることは決まっているんだよ。それより、運転するのを何週間も空けるのは良くないよ。やり方を忘れてしまうかも知れないから、来週はやっぱり運転の練習をしよう。南区で、ユリちゃんの好きそうなお店を見つけたから予約しておくよ。土曜日でいいかい?」


須藤はやや苛立った口調になりながら強引に決めつつありました。正直、彼のそんな部分が嫌いではありませんでした。今までにも声をかけてくる男性はそれなりにいましたが、何度かかわすうちに大抵の人は諦めてゆきました。ですが須藤という人は、根気強く私に働きかけてくれました。そういう人が嫌いではありませんでした。


「では・・・そのようにお願いします。いつもお世話おかけしてすみません。」


南区方面にはあまり行ったことがなく、どのあたりなのだろうと思いました。そして須藤の言う私の好きそうなお店にも興味を惹かれました。運転の練習という名目で、彼に連れ出されることが当たり前になっていました。

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