第37話 募集

週明けの月曜日、夕方に近い時間でした。同じ部署内で働く女性の契約社員、私を含めた3名が、斉藤課長から簡易応接に呼び出されていました。私は例の件だと予測できましたが、他の先輩達は何も知らされていないようでした。


「まあ座って下さい。まずはお茶でもどうぞ。」


斉藤課長はコーヒーマシンのお茶をすすめつつ、私達に資料を配りました。やはり女性の営業社員募集に関する内容でした。資料に目を通しながら、職務内容や待遇、応募締め切り日、試験、面接日の日程などの部分を説明してくれました。


「契約社員の方へ向けての正職員募集は久しぶりになるけれど、営業職ということです。もともと外部から募る予定だったけれど、まずは社内で募集してからという流れになったそうです。」


斉藤課長は淡々と説明しましたが、一瞬私の方へ視線を送られた気がしました。


「・・・うちの部署は事務職だから、ここにいる方達が応募するとなると、まるで職種が変わってしまうけれど、まずは検討してみて下さい。詳しい職務内容が知りたければ、後で個別に俺に聞いてもらうか、この部署はすぐ隣だから、法人営業部の山村課長か須藤部長へ直接尋ねても構いません。」


斉藤課長が説明し終えると、先輩たちは顔を見合わせました。無言でしたが、どう?と尋ね合っている意味の目配せでした。


「営業職ですか・・・」

私より数年先輩の工藤さんが言葉を漏らしました。明らかに惹かれてはいない様子でした。


「せっかくですけどね・・・営業へ行くぐらいなら今の部署で頑張りたいですね。」


もう一人の先輩の内村さんも、興味のない様子でした。ある意味予想内の反応でした。工藤さんは既婚者で、正社員になることを特に目指している風ではありませんでした。内村さんは独身ですが実家にお住まいで生活ぶりも余裕のある雰囲気でした。離婚し、地方出身で実家も遠い私とは別の環境にいる方達でした。


資料に記された待遇面に、私は真剣に目を通していました。正社員の給与とは・・・


実際のところ、初任給となる月給としては契約社員の私達と大差ありませんでした。ですが、はっきりと金額は記されてはいないものの、平均的な賞与の月数、営業手当、有休の日数や福利厚生は契約社員や派遣社員とは確かに差のあるものでした。そして何より、いつ契約を切られるかわからない状態から抜け出せるのは大きな違いでした。


「桜井さんは?最近、正社員になりたいって言ってたもんね。でも、営業社員って、ちょっとハードル高いよね・・・」


内村さんに声をかけられました。その点は全く同感でしたが・・・


「私は少し、考えてみます。山村課長や須藤部長とは面識もありますし、詳しくお話を聞いてみようと思います。」


私の返事に、その場にいた方達は多少驚いたようでもあり、かつ不思議ではないという表情になりました。


「うん・・・桜井さんなら、営業も頑張れるかもしれないね。意外と似合ってるかも。もし応募するなら、応援するね。」


工藤さんは笑顔で励ましてくれました。


「まあ、よく考えてみて下さい。もしこの中に応募する方がいたら、俺もできるだけのことはしますので。」


斉藤課長はそう言いながらも、複雑そうな表情でした。自分の部署の人員が異動するとしたら、面倒な部分も出てくるはずです。今働いている同じ部署内で正社員になれたなら一番良いでしょうが、数名を全員というわけにはいかないでしょうし、仮に誰か1名のみとなると、それも難しいことだろうと想像できました。


ですが私は・・・私は、応募さえすれば正社員になれる。望まない職種であっても、社員になることが叶うなら掴み取るべきだとわかっていました。一度社員になれれば、何らかの理由での部署移動も無理ではないかもしれない。怯まずに、このチャンスを手に入れようと心に決めていました。

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