第19話 待ち合わせ

同じ日の夜、さっそく彼からメールがありました。

私が相談した件について、彼なりに考えたことがあるので、翌日の会社帰り、二人で食事をしながら会うことはできますか?との事でした。


複雑な気がしました。私が持ちかけた話なのに、彼のリアクションがあまりにも早く、気持ちがついてゆかなかったのです。まだ彼を疑う気持ちもありました。本当に彼はまともに協力しようとしてくれているのか、それとも・・・

ですが、まずは彼と会わないわけにはいきません。

少し考えて返信しました。


会社帰りに時間を決めて、同じビル内にある定食屋で待ち合わせはどうかと提案しました。かつては須藤と居酒屋へ行くこともありましたが、もう彼とお酒を飲みたくはありませんでした。個室のようなスペースも避けたかったし、女性の好むような雰囲気の、デート向けの場所にも行きたくありませんでした。


会社と同じビル内にあるチェーンの定食屋ならば、仮に社内の誰かと会ったとしても、帰りに偶然居合わせたように振る舞うこともできそうでした。須藤からはすぐに了承の返事がありました。翌日の月曜日は、午前中は会社にいますとの予告もありました。


翌日、オフィスに着くと須藤の姿がありました。週末彼と会い、予告も受けていたので先日のように取り乱すことはありませんでした。彼は私に気付くと少し緊張したような表情で会釈をしました。私も会釈を返しました。


これまで彼はオフィスで極力会わないために努力してくれましたが、もうその期間は終了したものと考えたのかもしれません。営業と言っても常に外回りをしているわけではありません。デスクワークも必要ですし、彼にとっての自然な状態に戻ることにしたのでしょう。仕方のないことでした。


私は彼の存在が気にならないわけではありませんでした。時おり視線を感じたり、感慨深げな様子でこちらを眺めているのに気付くと辟易しました。仕事に集中し、できるだけ彼を視界に入れないように努めていました。やがて彼の姿が見えなくなり、営業へ出たことを確認すると心が休まりました。


夕方になるとご丁寧にも須藤からメールがありました。彼が帰社するという予告と、夜の待ち合わせの確認をする内容でした。チェーンの定食屋よりも美味しくて良い店を知っているのでそちらにしませんか、との提案がありましたが、無視しました。


時間より少し前に定食屋に入り、やや奥の席に座りました。夕食時でもそれほど混む店ではありませんでした。時間通りに須藤は現れました。緊張したような、それでいて喜びを抑えきれない様子で見つめられ気恥ずかしい思いをしました。


「メールに気付かなくてすみません。お忙しいでしょうから、近場の方が良いかと思って。」

見え透いていたかもしれませんが、嘘をつきました。


「ユリちゃんが俺のことを警戒するのは仕方ないよ。俺は、またこうして会えるだけで本当に嬉しいし、ありがたい。」

好意を隠そうともしない須藤の言葉に内心苛立ちましたが、顔には出さないよう努力が必要でした。


何も食べたくはありませんでしたが、軽い食事を注文しました。私は早速須藤の話を聞くつもりでした。


「須藤部長の考えて下さったこととは、どんな事なのでしょうか。」

彼の答えは私をがっかりさせるものでした。


「ユリちゃん、その話だけどね。ここじゃやっぱり、話しづらいね。社内の人間に会ったり、見られたりしたら言いにくいから・・・少し食べたら、場所を移すのはどうかな。」

言葉がすぐには出ませんでした。私の失望が彼に伝わったようでした。


「ユリちゃん、そんなに怖がらないでもらえるかい。もちろん、ユリちゃんが俺を怖がるのも仕方ないけれど、ある程度は信用してもらえないと話すこともできない。協力することも難しくなってしまう。でも俺は本当に、力になりたいと思っている。」


私はまた窮地に陥っていました。彼を信じるべきか、関わらないようにするべきか。ですが私にはわかっていました。私はリスクを受け入れました。手に入れたいものがあるのは私の方なのですから。


「すみません。須藤部長を信じていないわけではないのですが・・・お酒は飲まないでいただけますか。」

自分の中に根強く残っている怖れを押し殺し、彼に告げました。


「わかっている。飲みに行こうと誘っているわけじゃない。きちんと話せる場所で話そう。」

須藤はいたわるような眼差しで、真面目な口調で言いました。従うしかありませんでした。


定食屋を後にしてビルを出ると、須藤はすぐにタクシーを拾いました。慣れた様子で行先を告げると、車は走り出しました。車内で私達は言葉を交わしませんでした。


なぜこの人とタクシーに乗っているのか、どこへ連れていかれるのか、やはり不安でたまらないのでした。

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