第17話 雨

須藤は驚いたような、少し動揺したような、それでいて彼の喜びがはっきりと伝わってきました。

「わかりました。明日も必ず来ます。ありがとう。」


須藤と別れ、私は地下鉄駅へ向かいました。なぜあんな事を言ってしまったのか。翌日も会う約束をするなんて。自分に対して納得できない気持ちでいました。

ですが私にとって必要なことでした。彼を見るだけで泣いていては、職場でまともに仕事ができるわけありません。翌日はお酒も飲まずに、平然と会えるようにしなければ。彼と会っても平気でいられる自分になるために訓練が必要でした。


須藤と再会したのは辛いことでもありましたが、あるひとつの難関を突破したような感覚でした。大げさな表現でしょうが、私なりに勇気をふり絞り、恐ろしいことに立ち向かったつもりでした。


須藤が私を見たときの表情を思い出しました。あのおぞましい出来事があった日、私は彼を悪魔のようだと思いました。ですが今は、彼はそんなに悪い人ではないのかもしれないと思い始めていました。私にも落ち度があったのは確かですし、いろんな状況が重なって彼はあんな行為に及んでしまった。今では後悔していて、私の気持ちを受け止めようと努力している。起きたことは仕方のないことだったと思い始めていました。


夜、ふたたび須藤からメールが来ました。会えたことを本当に感謝していると。本当の気持ちをもっと晒しても構わないのだと。翌日また会えることを心待ちにしています。

そんな風な内容でした。


返信はしませんでした。うわべの言葉を飾る作業はやめました。


翌日、私は円山公園近くのカフェへ向かいました。レストランも多いのですが、この界隈は魅力的なカフェもたくさんあります。須藤と会うために出かけるのは気持ちの重くなることですが、雰囲気が良くて食べ物の美味しいカフェやレストランへ行くのを目的にすれば、外出する甲斐がありました。


インテリアの美しく心地良い場所で過ごすのはいつも贅沢な時間です。できれば須藤と会う予定などなく、気の合う女友達と来られたらどんなに良かっただろうと思いました。ですが友人と会ってしまうとわざわざ須藤に会いになど行きたくなくなってしまいそうでした。そしてこの日、私は須藤にある申し出をしようと決めていました。


カフェで遅めの食事をして、デザートとコーヒーを頂いていると3時になりました。そろそろ行かなくては、と重い気持ちになりました。約束の時間には遅れますが、あの人は待つはずだと思いました。何故か自分は遅れても構わないものだと感じていました。店を出る頃、雨が降り始めていました。家を出る前は良い天気だったので傘を持っていませんでした。あの人も傘を持っているのか、気になりました。


カフェを出るとコンビニに寄ってビニール傘を買いました。そこから円山公園までは歩いて十分ほどですが、秋になりかけの時期で肌寒く感じました。雨脚が早く降りが強くなっていました。あの人が雨に濡れていなければ良いけれど、と思いました。


足早に公園へ向かうと、前日と同じベンチで須藤は待っていました。傘を持っていなかったようで、いくぶん薄着のようでした。雨に濡れ寒そうにしていましたが、私の姿を見つけると、彼は笑顔になりました。


自分が悪いことをしたように感じました。あずまや等へ移動して、雨をしのいでいてくれたら良かったのにと思いました。


「遅れてすみません。」

彼に傘を差し出しました。

「来てくれてありがとう。今日も本当に来てくれるのか、心配だったけれどまた会えて嬉しい。」

濡れた姿で笑顔になる彼を見ると、心が痛みました。


「雨の中、遅れてしまってすみません。近くのカフェに入りませんか?」

気付けば普通に話していました。彼もそう気付いたのか、そのまま立ち止まって私を見つめました。驚きと、喜びと、期待の入り混じったような眼差しでした。

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