第47話 誘い

須藤は不実な人だと思います。

家庭がありながら、愛する娘さんがいながら、私のことを愛しているなどと。


そんな人を愛せるわけがありませんでした。

なのにどうしてなのでしょう。愛している、と彼が言ったとき、息が詰まるような重い衝撃を受けました。彼の言葉はなぜあのように、私を切なく苦しい気持ちにさせたのでしょうか。彼の感情が私に伝染っていたのでしょうか?


露わにしてはいけない思いを晒され、動揺していました。

道徳や良識に反する彼の思いと言葉は、なぜあれほど真実味を帯びて私の心を揺るがすのでしょうか。


考えるべきでもないと思いました。大丈夫、きっとやり過ごせると自分に言い聞かせました。何かの拍子に、彼は気持ちが高ぶってあのようなことを口走ったのだと思うことにしました。少し時間を置いて冷静になれば、暴走することはないはずだと考えようとしました。


気分転換をする必要がありました。普段あまりテレビを見ませんが、たまにはぼんやり見るのも良いかもしれない。あるいは、近くのレンタルショップへDVDを借りに行くのも良いし、または、読書でもしたものか・・・


あれこれ考えた挙句、私は沙也に電話をしました。彼女と話すのが一番良いことのように思えました。


もしもし、といつもの沙也の声がしました。なぜかとても安心しました。


「こんばんは。今、大丈夫だった?」

尋ねると、うん、どうしたの、と沙也に聞き返されました。


普段、沙也と会う時はまずメールで連絡を取るのが常でした。親しいとは言え、電話をかけることはあまりなかったので沙也は不思議に思ったかもしれませんでした。


「あのね、明日、急に時間ができて。」


特に話す内容も考えていませんでした。翌日は就職試験のための勉強をする予定でした。ですがそんな気持ちは失せてしまいました。


勉強などしなくても私を受からせると須藤が言ったというだけではありません。先ほど彼の言葉を否定した私を彼がどうするのか、もうよくわかりませんでした。応募者が私のみだったという話も、正確なところはよくわからないものの、とにかく翌日はもう勉強をする気分になどなれそうもありませんでした。


「お茶か、ランチか、どこかで会えたらと思って。うちでもいいんだけど。でも急だから、淳也さんと予定あるかな?」


沙也は結婚しているので、基本的に土日はご主人と過ごすのだろうとわかっていました。でも、少しだけでも彼女と話せたら気持ちが落ち着くような気がしました。


「そうなの?ちょうど明日、彼は会社の人と出かける用事があって、私は暇してたの。大丈夫だよ。良いタイミングだね!」

沙也の弾んだ声がしました。私の気持ちは急激に上がりました。


「そっか、じゃあ、どうしようかな?どこか行きたいお店ある?それとも、たまにはうちに遊びに来る?」

お洒落なカフェも大好きですが、人を家に呼ぶのも嫌いではありませんでした。


「いいの?久しぶりに優理香のお家にも行ってみたいな。」

嬉しそうな沙也の声に私は笑顔になりました。


「じゃあ、明日の12時頃から、沙也の都合の良い時間でいいよ。地下鉄で来るよね?乗る時連絡してくれたら、駅まで迎えに行くから。」


私は張り切って言いました。少し前に須藤とのやりとりで動揺したことはすでに薄れつつありました。

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