第48話 着信音

電話の後、沙也が来るという予定ができて、私は急に元気になりました。部屋を見まわし、ひどく散らかっているわけではありませんでしたが、もっときちんと片づけようと思いました。


雑然としかけていた部分を普段より念入りに整頓しました。掃除機をかけ、ほこりの残っている部分は水拭きをしました。部屋が整ってくると気持ちも整うような気がしました。


掃除が一段落すると、冷蔵庫の中をチェックし、翌日の昼は何を作ろうかと思案しました。日頃は自炊生活で、会社にはお弁当を持っていくので食材はそれなりにありました。


呼ぶのは沙也ひとりなので、それほど気負わず、サラダとパスタを作ることに決めました。デザートにはチョコレートケーキを焼く事にしました。混ぜて焼くだけの簡単なレシピのものでした。


沙也を迎える準備をすることですっかり気が紛れていました。部屋も普段より綺麗に片付き、心もすっきりしていました。沙也が来るのが楽しみで、須藤のことはほとんど忘れていました。早く翌日になれば良いのにと思い、その日は早々とベッドに入りました。


翌日の日曜は、普段の週末よりも早く目が覚めました。二度寝しようかと思いましたが、前日早めに就寝したので頭もすっきりしていました。私は起き出すとまずシャワーを浴びました。


軽く朝食を取り、身支度を整えてもまだ朝の早い時間でした。掃除は前日に済ませていましたから、これといった準備はもうありませんでした。思ったよりも時間が余ってしまいました。


何もしないのもそわそわしてしまうので、時間は早かったのですが、昼食の準備を始めました。沙也はカボチャが好物なのでカボチャのサラダを作ろうと思いました。料理をしていると昼過ぎに沙也から電話があり、駅まで迎えに行きました。


「お邪魔します。優理香のお家、久しぶり!」


沙也が家に来るのは数か月ぶりだったでしょうか。少しだけ照れ臭い気がしました。


「あっ、ソファー買ったの?テーブルも?可愛い!良い感じだね~!それにすごいご馳走・・・全部作ったの?」


沙也は驚いたような、嬉しそうな声を出しました。時間があったので思ったより作りすぎてしまいました。サラダとパスタのソースを準備しながら、少しずつ品数を増やしてしまい、結局多めに出来てしまいました。


「もう、優理香、おもてなし好きだよね!私が来るからって張り切ったんでしょ?しょうがないな~・・・」

沙也はにやにやと笑いました。


「違う。冷蔵庫の整理も兼ねてるの。いっぱい作っておけば夕食も作らなくていいし。」


張り切らなかったわけではありませんが、認めるのはしゃくでした。パスタとサラダだけのつもりでしたが、結局さらにお肉のメインと副菜を数品、デザートを追加して作ってしまいました。


「とりあえず座って。ハーブティー飲む?」

私は準備しておいたお茶をすすめました。


「ありがとう!おいしそうだね!これは?鶏肉の煮込みかな?こっちは、カボチャのサラダ?これ大好き!カルパッチョもあるの?あとこれは・・・スパニッシュオムレツ?もう食べていいの?」


沙也は興奮した様子でした。


「まだパスタゆでてないけど・・・まあ、後でいいか。先にこっちを食べよう。」


「もう・・・これはヤバイね。優理香カフェのオープンはいつ?私、通うから!」

カボチャのサラダを食べながら、沙也は満面の笑みを浮かべました。


「・・・優理香と結婚したくなるね・・・あ、いまのプロポーズだった?っていうか不倫か・・・」

沙也はなにか食べるたびに、感激してくれました。


「そろそろパスタをゆでる?茄子とベーコンのトマトソースだよ。」

最初の予定であったパスタは、ソースだけ作っておきました。


「うん・・・でも、お腹いっぱいになってきた・・・まだチョコケーキとチーズケーキがあるんでしょ?私もプリン買ってきたし・・・ちょっと休んでから、スイーツをいただこうかな?優理香のチョコケーキもチーズケーキも絶品だもんね。あ~でも、また検診で注意されるかな~・・・いや、食べるけど。」


沙也は悩ましげな表情でした。


友人のために料理をするのは好きでした。みんな惜しみない喜びと称賛を表してくれるので、費やした時間もエネルギーも必ず報われました。結婚していた頃とは違いました。どんなに日々、料理を作り続けても当たり前なだけで、元夫は喜びも感謝も表現してはくれませんでした。


「沙也には作りがいあるよね。そんなに喜んでくれたら。」

彼女はやはりカボチャのサラダをおかわりしていました。


「うん、でも・・・私は人妻だからさ。料理で誘惑したってダメだからね。正直ちょっと揺れないわけでもないけどさ。」


沙也は困ったような口調で述べ、悩んでいるかのような表情を作りました。


「だから誘惑してないってば。勝手に揺れないように。」


そんなことを話していたら、携帯が鳴りました。メールの着信音でした。


「あれ、優理香の携帯鳴ったんじゃない?」

沙也が言いました。


「うん、でもメールだから。」

須藤かもしれない、そんな気がしました。


「見なくていいの?」

沙也は確認するように言いました。私も少しは気になりましたが、須藤からだとしたら、見るのをためらいました。


ですが沙也の前であえて無視するのも不自然な気がして、結局私は携帯をチェックしました。やはり、須藤からでした。

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