第42話 警告

「そのままでいてくれるかな。今日のユリちゃんは格別に綺麗だよ。」

須藤は鏡の中の私を見つめながら笑顔になりました。


「そろそろ料理が運ばれるかもしれない。席に戻ろう。」


須藤はまた私の手を握りしめました。その行為はだんだんと自然になっているような気がしました。彼に触れられるたび、身体の奥に秘められた願望を知られまいかと怖れていました。彼の手を振り払うこともできず、目を合わせることもできませんでした。


席に戻って少し経つと、前菜が運ばれてきました。結婚式場を兼ねたレストランのせいか、テーブルセッティングも豪華で華やかでした。ウェイターの方が食材や料理の説明をしてくれました。魚介と野菜を中心とした前菜は盛り付けも色とりどりで美しく、絵のように繊細でした。


フォークを口に運ぶたびに感銘を受けました。お料理には作る方の人柄も表れるような気がしました。シェフの真摯さを感じられました。


「素晴らしいですね。本当に美味しいです。」

月並みな表現しかできない自分がもどかしいほどでした。


「俺もフランス料理なんて全然詳しくないけど、ここで食べてみて良いものだと思ったよ。シェフはパリで修行した人で、星付きレストランの料理長をされていたそうだよ。」


須藤が説明してくれました。そんなすごいお店は敷居が高くて、自分だけで来る機会などなかったはずでした。


「いつも素敵なお店に連れてきて下さって本当にありがとうございます。自分では来られないのでとても嬉しいです。こういうお店は私には敷居の高いところばかりで、身の丈に合わないのですが・・・素晴らしいお料理ですね。良い経験になりました。」


「ユリちゃんが気に入ったのならまた来よう。俺も美味しいものは大好きだけど、ひとりで来る気はしないから。ユリちゃんと一緒ならまた来られるから嬉しいよ。運転はしてもらおうかな。練習になるからね。」


須藤は優しく微笑みました。私は戸惑っていました。この人と過ごすのが心地良く、心癒されている自分に気付いていました。そして本当は彼に触れられたいと願っている自分をはっきりと知ってしまい、焦り始めていました。


「ユリちゃん、明日はもう勉強する必要もないわけだから、運転の練習はできそうかい?」


須藤は機嫌よく尋ねてきました。私は一瞬沈黙しました。


「須藤部長、やはり明日の練習は控えようと思うんです。こういった週末にもしも、会社のどなたかに偶然会ってしまったら好ましくないのではと思います。営業職の試験を受けようとしている私と、その責任者である須藤部長が個人的に会っていることを他の人に知られたら、問題になってしまうかもしれません。」


美味しいお料理を頂く時間に水を差してしまいそうでしたが、私はかねてから気になっていたことを伝えました。


「須藤部長の立場が悪くなってしまうのではないでしょうか。私も社員になれなくなってしまうかもしれません。」


そっと須藤の表情をうかがうと、彼は静かに私を見つめていました。

彼が沈黙する間、気まずい思いをしました。

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