第60話 夕食

スーツを購入した後、どこへ向かうのかと思ったら、須藤は営業用の鞄を買うと言い出しました。営業先へ出向くのに、普段私が持っているようなバッグでは向いていないと言うのです。


過去に就職活動用に持っていたもう少し大きな鞄もありますから、と伝えると、須藤は自分がお祝いにプレゼントするからと言いました。


「取引先に行くのだから、少し良いものを持っていた方がいいと思う。パソコンを持っていくこともあるから、やや大きめのものにしないと。」


そのように主張されて、結局彼の選んだ鞄を買ってもらうことになりました。でもやはり高価な品でしたから、心苦しく思いました。


「ユリちゃんにお祝いしたいと思っていたから。遠慮しなくていいよ。」


先ほど購入したスーツの紙袋を持ちながら、彼は上機嫌でした。私は先ほどのスーツも、本当に会社で購入して良いと言ってくれたのか、疑わしく思い始めていました。須藤が嘘をついて、個人的に買ってくれただけだとしたら・・・?


「そう言えば、ユリちゃん。ついでに靴も買っておこうか。スーツや鞄を新調したから、合わせて新しい靴も買ってあげるよ。歩き回ると消耗するし、いくつかあった方がいいから。」


須藤はデパートの案内図を見ながら、婦人靴売り場へ向かおうとしました。


「あの、もう十分ですから!すでに鞄も買って頂きましたし・・・持ちきれなくなってしまいます・・・」


私は鞄の入った大きな紙袋を持っていました。須藤もまた、スーツとシャツの入った紙袋を2つ手に提げていました。


それ以前からも、須藤にはずいぶん甘えたままで来てしまいました。お金を使わせていました。彼を憎んでいた頃はそんなことは少しも気にしないつもりでいました。ですがもう違いました。


「そんな、必死な顔しなくても・・・営業になったら、恰好を整えるのにそれなりに費用がかかるからね。俺が自分の部署に誘ったせいで、ユリちゃんの負担になってはいけないと思ったんだけど・・・」


須藤は決まり悪そうな顔をしました。私も少し、気まずい気持ちになりました。


なんでも買ってもらえば良かったのでしょうか。ですが私は、彼をいくらでも利用して平気でいられる気はしませんでした。気持ちは嬉しかったのですが、際限なく甘えられるわけではありませんでした。


「じゃあ、食事に行こうか。今後の話もしたいし。」

口調を変えて、須藤は言いました。なだめるような言い方でした。変に気を遣わせてしまっただろうかと思いました。


「ありがとうございます。お腹も空いてきたところです。」

少しほっとして、彼に笑顔を向けました。


「夜景の綺麗なところが近くにあるから。今日はユリちゃんが社員になるお祝いだよ。」


須藤は駅から直結のタワーホテルへ続く通路を歩いてゆきました。一瞬のためらいを無意識に押し殺して、私は彼の後について歩きました。

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