第61話 夜景
ホテルのロビーに着くと、スーツケースをそばに置いた宿泊客らしき人々で賑わっていました。須藤は慣れた様子でその場を通り抜け、エレベーターの前に来ました。少し緊張しながらエレベーターに乗ると、須藤は最上階へのボタンを押しました。
「また、和食だけど、いいかな・・・?こちらの雰囲気の方が落ち着くんだよね。」
最上階には洋食と和食のレストランがありました。洋食の方は、ランチビュッフェで以前友人と来たことがありました。須藤は和食にするだろうと思っていました。
「こちらは初めてです・・・来てみたいと思っていたので嬉しいです。」
日本食のお店は敷居の高いイメージの場所でした。須藤と一緒であれば、なんとか入ってゆけました。
お店の方へ、須藤は名前を伝えていました。既に予約をしていたようでした。先ほど買い物をした荷物を預けて席に案内されると、窓側のテーブル席でした。薄暗くなりかけの時間でしたが、窓の外の光景に息をのみました。
「会席のコースでいいかな。ノンアルコールの飲み物だね。」
須藤は慣れた様子で会席コースの説明をしてくれました。
「あの、もし良かったら、乾杯ぐらいでしたらアルコールでも大丈夫ですから。」
何故だか私はそのような申し出をしていました。素晴らしい景色だったので、一杯ぐらいはお酒を飲みたい気分になったのです。
「そう?じゃあ、乾杯だけ、なにか飲もうか。」
須藤は嬉しそうに答えました。私も嬉しくなって、なんだかくつろいだ気持ちになりました。
和食なので、それほど得意ではないものの、日本酒のグラスをいただくことにしました。甘いカクテルなどと違ってたくさんは飲めないので、その方がちょうど良いと思いました。
間もなくお酒が運ばれてくると、私達は乾杯をしました。
「ユリちゃん、改めておめでとう。法人営業部へようこそ。俺も本当に嬉しい。」
「ありがとうございます・・・須藤部長のおかげです。今まで、本当にありがとうございました。」
須藤に心から感謝していました。例の出来事によって、一時はひどく彼を憎みましたが、彼が私を助けてくれたのは事実でした。私はこの人を恨み続けることはできませんでした。
「ユリちゃん・・・俺の方こそ、ユリちゃんと過ごせること、本当に感謝している。ユリちゃんは、俺にとっては女神みたいな人だから・・・」
まだほとんど飲んでもいないのに、須藤の目には熱っぽく光が帯びていました。私もほんの少ししか飲んでいないのに、喉もとから体が熱くなる心地がしました。やはり日本酒は苦手かもしれない、と思いました。
須藤とふたりきりで食事をするのは久しぶりのことでした。彼と夕食を共にするのは避けてきたはずなのに、この日自然とそうなったのは奇妙でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます