第62話 本心
「今日は、いろいろ買って頂いてありがとうございました。スーツや鞄まで・・・本当に助かっています。他にもわからないことだらけなので、教えて頂けるとありがたいです。」
改めてお礼を伝えました。須藤にしてもらっている事が、次第に大きくなっている気がしました。本当のところ、見えない負債が膨らんでいるかのような気がしていました。
「俺が買ったのは鞄だけだよ。スーツは会社持ちだからね。でもユリちゃんが良かったら、他に必要な物があったらプレゼントしたいけれど。」
須藤は
「いいえ、須藤部長。本当にもう、十分ですから・・・社員になれるというだけで、すごくありがたいです。きっと、たくさんご迷惑かけてしまうのでしょうが、須藤部長のところで、頑張らせて頂きますね・・・」
自分が営業の仕事で結果を出せるなどとは想像もできませんでしたが、須藤の、会社の役に立ちたいという気持ちだけは真剣に抱いていました。
「ユリちゃんがやる気になってくれて嬉しいよ。俺もすごく、モチベーションが上がっているから、ユリちゃんに負けないように頑張らないとね。」
須藤は強い眼差しで私をとらえました。彼と過ごすことは、常にリスクを感じていました。ある種の強い圧力を感じて思わず目をそらした時、料理が運ばれてきました。
色とりどりの前菜が少しずつ、上品な器に盛られていました。かつては洋食の方が好きでしたが、この頃は日本食の繊細さに感じ入るようになっていました。
「なんだかいつも、贅沢させて頂いてすみません。本当は私、いつも場違いだと思うんです。こういう場所でお食事できる身分ではないのに・・・」
いくぶん正直に伝えてしまいました。須藤と一緒にいると、身の丈に合わない場所に連れて来られてしまうと感じていました。
「ユリちゃんね、そういう言い方は良くないと思うよ。身分だとか、場違いだとか・・・そんな風に自分を卑下するものじゃないよ。俺はいつも、ユリちゃんはどこへ行っても恥ずかしくない素敵な人だと思っている。どうしていつもそんな言い方をするの?」
須藤に問われて、戸惑ってしまいました。彼にはわからないものでしょうか。私のような者がこんなお店に来るのはおそらく若すぎましたし、私自身の収入にはまるで見合っていないことも、彼には想像できないことだったのでしょうか。
「ユリちゃんは、自己肯定感が低いのかな。どうしてかな・・・もっともっと、自分に良い思いをさせてもいいんだよ。少しぐらい贅沢したっていいじゃないか。自分のお金だろうが、人の金だろうが、与えられるものは遠慮せずに受け取ればいいのに。ユリちゃんは受け取るのが下手なんだよ。物でも、食事でも、褒め言葉でも、ただ喜んで受け取ってくれるだけでいいのに。」
思わぬ指摘に動揺していました。須藤の言葉は的を得ている気がしました。なぜ私は、他人が与えようとするものを素直に受け取れないのか・・・受け取ってしまったら、負債のように感じてしまうのか?知らず知らずのうちに、そのような思い込みが自分の中に強くあるように思い当たりました。
「できれば俺は、ユリちゃんに良い思いをさせてあげたいし、そうしたところで何も悪くないのだとわかって欲しいと思うよ。慎ましいユリちゃんも好きだけどね。」
そう言って須藤は笑いました。二人でいる時、彼は私への好意を隠しませんでした。戸惑いつつも、いつしか私はそれを心地よく感じるようになっていました。
結局のところ、私はこの人を好きになりつつありました。須藤と接する機会が多くなるごとに、いけないと思いながらも彼に惹かれていました。だからもっと距離を置くべきだとわかっていました。
私も須藤部長のこと、好きです。
そのように、軽く伝えられたら良いのにと思いました。ですが言うべきではないことを知っていました。伝えてしまったら、もう逃げられなくなってしまう。
彼の目を見つめると、少し息苦しいような心地でした。心の中で、不意に言ってしまったことで、私は自分の気持ちを知ってしまったのです。ずっと、認めるわけにはいかないはずの思いでした。
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