第23話 相談
翌日、私は須藤のアドバイスの通りにしました。夕方近く、仕事が落ち着いた時間になった頃、まずは直属の上司である斉藤課長に時間を取って頂けないかと伝えました。こんな事をするのは初めてで緊張しました。斉藤課長は不思議そうな顔をしましたがすぐに応じてくれました。
「どうしのたの?改まって。何かあった?」
仕切りのある簡易応接スペースに腰をおろすと、斉藤課長に尋ねられました。
私は緊張してしまい、心もとない気持ちになりました。きちんと話せるだろうかと、半ば途方に暮れてもいました。
「コーヒー飲む?砂糖とミルクは使う?」
簡易応接に備え付けられているコーヒーマシンに手を伸ばして斉藤課長が声をかけてくれました。彼の気遣いに少し心が軽くなり、先にコーヒーを頂くことにしました。
「桜井さん、いつも頑張ってくれているから助かっているよ。何か、困っていることでもあるの?」
コーヒーを頂きながら、彼にそのように尋ねられました。
斉藤課長は真面目で優しい人だという印象を持っていました。私が彼に話すことで、面倒な思いをさせてしまったらと思うと申し訳なくて、なかなか話せる気がしませんでした。ですが勇気を出して、須藤に伝えた時と同じように話してみました。斉藤課長は時おり相槌をうちながら聞いてくれました。
「そうか・・・そうだよね。うちの会社もね、たくさんの契約の方や派遣の方に頼っているよね。」
斉藤課長は何度も頷いてそのように言いました。
「桜井さんの言うことはよくわかるんだけどね・・・」
彼は表情を曇らせました。
「申し訳ないけれど、すぐには役に立てないと思う。うちの課には、桜井さんより先に契約で来てもらっている人たちもいるから、もしも正社員雇用の枠ができても、先にその人達に声をかけなければいけないから。本当に申し訳ないけれど・・・」
斉藤課長からすまなそうな顔で謝られてしまい、いたたまれない気持ちになりました。もちろん私にも予測できていたことです。
「そんなこと、おっしゃらないで下さい。斉藤課長のせいではありません。大体、考えていた通りでしたから気になさらないで下さい。話を聞いて頂けただけで十分ですから。」
私は頭を下げて伝えました。
「桜井さん、俺もそんなにコネはないけど、心に留めておくから。他にも何かあったらまた言ってね。解決できるかは別としてね。」
親身になって聞いてもらえただけでも満足していました。彼に感謝を伝えました。
思っていることを人に伝えるというのは勇気のいることです。それが切実に願っていることほど、まるで無理に思えてしまって口には出しづらいものです。ですが勇気を出して伝えてみると、思いが強くなります。言葉に出すことが段々怖くなくなってゆきました。
この日を境に私は他の同僚や、異なる部署の人、プライベートの友人にも、転職も視野に入れながら今後の相談をするようになりました。話すうちに、私の心ははっきりしてきました。やはり正社員として再スタートするべきだと心を決めました。須藤の動きは、それはそれとして、自分でも事務の正職員として働けそうな、転職先の求人を探し始めました。
情報誌やインターネットで転職情報を探しながらも、私自身もフルタイムで働いているのですぐに面接を受けに行くことはできませんでした。ですが今の自分にできる事として、適性試験や就職の筆記試験の問題集を購入して勉強を始めました。書類選考の上、面接のみという会社もありましたが、筆記試験あり、とか英語のできる方歓迎、という求人も見かけたので、もともと好きだった英語の勉強を再び始めるきっかけにもなりました。
現在の自分よりもキャリアアップできる可能性を見出してから、日々に彩りを感じ始めていました。目標を持つことでこれまでの受け身だった日々が変化したのです。目的に向かって積極的に動くことが自分に力を与えてくれると感じていました。電車の中で少しの時間でも教材を読んだり、退社後カフェに立ち寄って勉強する日もありました。学生の頃に戻ったような気がして新鮮でした。
相談した日以来、斉藤課長もいつになく私のことを気にかけてくれているようでした。もともと優しい方でしたが、以前にも増して何かと手助けしてくれたり、優しい言葉をかけてくれました。悩みを話すことで人との距離が縮まるものかも知れないと感じました。
いろいろとやる気になっていた頃、須藤から二人で会えないかというメールが来ました。彼からほぼ毎日のようにメールを受けるようになっていました。私の体調について尋ねてきたり、彼の日々の予定や仕事の内容を伝えて来たり、それほど中身のないことも多かったので返信しないこともしばしばでした。それでも彼は日課であるかのように何らかのメールを送ってきました。
その日のメールは私の今後について、彼なりに進めてきたことがあるので話し合いをしたいとのことでした。彼とまともに話したのは会社帰りの和食店へ行った日が最後でした。それから2週間も経ってはいませんでした。会社では彼は営業に出ている時間も多く、私も自分から話しかけることはありませんでした。
正直それほど彼を当てにしていたわけでもなかったのですが、都合をつけないわけには行きませんでした。
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