第24話 疑い

私は彼の都合の良い日があれば、会社帰りにいかがですかとメールを送りました。

すると須藤は、このところ平日の夜は仕事や接待であまり時間が取れないので、週末に会うことは可能ですかという返事が来ました。あまり気は進みませんでしたが、昼の時間帯ならば構わないと伝えました。


須藤から土曜日の11時頃、私の自宅近辺へ迎えに行くので、昼食を取りながら話しましょうというメールが来ました。なぜ私の自宅を知っているのかとも思いましたが、同じ社内ならば調べるのは難しくないだろうと予測できました。私は了承しました。


土曜日が近づくにつれて、なんとなく気が重くなりました。ですが自分が須藤に頼ったことに対して、彼が動いてくれているならば話をしないわけにはいきません。


それでも私は迷っていました。彼が信用できるのか、そもそも彼に何かを頼むべきではなかったのではという思いもありました。彼が私にした許しがたい行為を、何らかの形で取り戻せるならばとあの時は恨みがましく考えたものでした。ですが結局重い気持ちになってしまい、自分で自分の首を絞めているようなものでした。


土曜当日、須藤と自宅近くのコンビニで待ち合わせをしました。須藤は車で来るとのことでした。彼の車に乗りたい気はしませんでしたが、またそのようなことで躊躇しても仕方がないので極力平気なふりをして助手席に乗り込みました。


「ユリちゃん、週末なのに悪かったね。」

彼は少し緊張したような、それでいて嬉しさを隠し切れない様子で言いました。

もう私にはよくわかっていました。この人は私が好きで、何かと理由をつけては私と会おうとしているのだと気付いていました。


そのことが嫌ではありませんでした。その状態は私に優越感を味わわせてくれました。それでも彼の気持ちに気付かないふりを続けていました。いくらでも彼は私に尽くせば良いと思いました。見返りの保証もないまま、尽くすだけ尽くさせて、たとえこの人が傷ついても構わないつもりでした。


「どこで食事にしましょうか?」

自宅の近くと言っても私にはそれほどあてがあるわけではありませんでした。私の住んでいるエリアは居酒屋は多いものの、これといった昼食のスポットが思いつきませんでした。同年代の友人ならともかく、須藤のような年齢の人と、どのような場所へ行けば良いのかもわかりませんでした。


「ユリちゃん、お寿司は好き?美味しい店を知っているけど。」

お寿司は好きでしたが、回転寿司しか行ったことがありませんでした。お店は須藤にまかせました。


車に乗ってしばらくは互いに口数も少なかったのですが、やがて須藤が少しずつ話し始めました。世間話や会社の人に関する話題もありました。初めはぎこちなく、でもやがて私達は普通に話していました。


社内の互いに知っている人について笑い話をしたり、時に私も笑って言葉を返していたのに気付いてはっとしました。この人をあんなに憎んでいたはずなのに、なぜそんな人の車の助手席にいるのか、当たり前のように話しているのかと複雑な気持ちになりました。


いつの間にか車は市外へ向かっているようでした。お店は遠いのですかと尋ねると、小樽にある店だと須藤は答えました。


「札幌市内だと、誰かに会うかもしれないし、なんとなくね・・・小樽でも、会わないとは限らないけど、なるべく遠い方が良い気がして。魚介も美味しいしね。」


さり気ない風に彼は言いましたが、まるで普通にお付き合いをしている男女のようなデートコースへうっかりと連れ出されてしまった気がしました。


「時間は大丈夫だった?」

様子をうかがうように尋ねられましたが、後出しじゃんけんのようだと思いました。夕方までに戻れるならば構わないと伝えました。夜に予定があったわけではありませんが、それを正直に言うつもりはありませんでした。


車に乗っている時間が経つにつれて、須藤が本当に昼食を取るためのお店へ向かっているのか心配になってきました。もしもこのままホテルなどへ連れ込むようなことがあれば、今度こそ殺してやるとどす黒い気持ちになりました。

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