第22話 アドバイス

「ユリちゃんがその気になってくれたのなら嬉しい。まずユリちゃんは上司の斉藤課長に話してみなさい。この前俺に言ったように、真剣に正社員の職を探しているとアピールして、転職を考えていることもほのめかしていい。飲み会の席でもなんでも良いから、他の同僚にも、なるべく多くの人に話した方がいい。」


須藤の言葉に相槌をうちながらも、本当は気が進みませんでした。

正社員になりたい事を、上司である斉藤課長や他の同僚の方達に伝えるのは、勇気のいることに思えました。


「俺も周囲に女性の営業職のポストについて話してみる。下準備や根回しの時間は少しかかると思うが、進捗状況は都度知らせるようにするから。」


須藤はにわかに生き生きとして話していました。ですが彼の言うようにうまく事が運ぶのか疑問でした。彼の思惑通りになることが私にとって好ましいことなのかも、自信は持てませんでした。ですが今は、この流れに身を置いてみようと心を決めました。


やがて、飲み物や料理が運ばれてくると、食事をしながら須藤と雑談をしました。会社の話題から始まり、須藤の営業に対する考え方を聞く時間になりました。彼の経歴や経験、過去の失敗等について耳を傾けていると、営業という仕事に対するイメージが変わるほど意外なエピソードもありました。この仕事が今後は自分にも関わってくると思うと、有意義な時間でもありました。


彼と話しながら、以前も時おり食事をしながら、深い話も含めあれこれと語り合っていたことを思い出しました。その頃は、彼のことを洗練された大人の男性のように見えたものでしたが、改めて仕事に対する姿勢を知ると、彼の経験値や実績、役職等が頼もしく映るのでした。


「ユリちゃん、わかっていると思うが・・・」

須藤が再び口を開きました。私は先を促すように、はい、と返事をしました。


「ユリちゃんが正社員になったら、俺の部下になる。」

私はまた、はい、と相槌をうちました。


「それは構わないということでいいかな。毎日、同じ部署内で、今よりも近いところで毎日顔を合わせるだろう。一緒に取引先を回ることもあるし、出張へ行くこともあるかもしれない。」


私は須藤の目を見返しました。すぐに言葉を返すことはできませんでした。

須藤は一瞬間を置き、すぐに訂正するように加えました。


「俺が同行するとは限らないし、山村課長や、他の営業社員にまかせることもあると思う。出張も、配属されてすぐというわけではないけれど。」


私はまた、はい、と返事をしました。


「ユリちゃんが正社員になって、俺の部下になったとしたら・・・」

須藤はためらうように言葉を切り、勇気を出したかのように口にしました。


「ユリちゃんともっと親しくなれるだろうか。俺を信頼して、心を許してくれるかい。」

私はまた沈黙して、彼を見返しました。須藤はまるで内気な少年のような、心もとない表情で私を見つめていました。私の上司になろうとしている人とは到底思えませんでした。


呆れたような、哀れなような奇妙な気持ちになりました。


「今も親しいとは言えないのでしょうか。私は誰よりも須藤部長を頼りにしています。」


彼の気持ちも、言いたいところも当然わかっていましたが、私は逃げる姿勢を崩しませんでした。逃げられるところまで逃げるつもりでした。


「そうだね。そうだとは思っている。また二人で会えるようになったことも嬉しいが・・・」


「そろそろ行きましょうか。こんな時間まですみませんでした。明日は早速、アドバイスに従って斉藤課長に話してみます。他の人にもできるだけ伝えます。」


私は少々強引に須藤の話を切りました。


「そうだね。そうしてみて下さい。俺もユリちゃんのために、できるだけ早く進めようと思っている。」

須藤は繕うように言いました。


「家まで送るよ。タクシーで帰ろう。」


「大丈夫です。地下鉄で帰ります。この近くで少し買い物をしていきますので。また明日、よろしくお願いします。」


須藤と同じタクシーに乗ると、またあれこれとプレッシャーを感じそうなのでごめんでした。店の入っているビルの前で私たちは別れました。

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