第21話 迷い

「それなら大丈夫。運転なんて、少し練習すれば誰だってできる。習うより慣れろと言うし、営業の仕事も、最初は大変かもしれないが経験と慣れでわかることもある。」

須藤は事もなげに言いました。


「うちの会社にはいないけれど、他社では営業社員として生き生きと働く女性もいる。営業の女性は目立つから、それだけで有利なんだよ。俺は前から女性にも営業をさせてみれば、良い成績を上げられそうだと考えていた。ユリちゃんのことは良い機会だと思う。女性の営業職というポストを作ることなら、上に相談して実現は可能だと思う。」


須藤は真剣な様子でしたが、私には思いもかけない話だったために途方に暮れてしまいました。


「ユリちゃん、営業の仕事に偏見を持っているのかい?こんなに人を成長させる仕事はないと俺は思う。ユリちゃんの将来にとっても、プライベートでも役立つスキルになるよ。」


明るい調子で須藤は続けました。彼の言う事もわからなくはないのですが、まるで気の進まない話でした。


「沢山の会社を訪れる機会があるから、自分の会社の良さや欠点がわかるし、よその良いところを知ることができる。人脈もできてチャンスが多くなる。俺は、ユリちゃんはむしろ営業に向いていると思う。人の話を聞くのが上手いから信頼してもらえそうだし、こんなことを言っては良くないかも知れないが、ユリちゃんのルックスならば契約につながりやすいと思う。」


彼の最後の言葉は私には不愉快なものでした。須藤から容姿のことを言われるのは、傷に触れられるようなものでした。あの日以来、私は気付くようになりました。男性が自分をどのような目で見ているのか、よくわからない時もありますが、あからさまに感じることもあります。


以前は何もわからず、ストレスもなかったことを感じるようになってしまいました。ですが今では、危険を察知する能力がついたとも言えました。かつては無防備すぎたわけですから。


「やっぱり、私には難しく思えます。知識も、経験もありませんし・・・人見知りですし、誰とでもうまく話せる方でもありません。場違いで、足手まといにしかならないような気がします・・・」

私は断ろうとしました。ですが須藤は強い口調になりました。


「知識だの、経験だのは後からついてくるものだ。それよりも今は、勇気を出すだけじゃないか?正社員になりたいと言ったのはユリちゃんだよ。せっかくのチャンスをなぜ掴もうとしない?」


彼の鋭い口調と眼差しに、怯みそうになりました。私は言葉を返せぬままに、彼を見返しました。


「ユリちゃんのことは俺が守る。俺の取引先を紹介して、売り上げを移すこともできる。俺は定期的な取引先をたくさん持っている。ユリちゃんにとって恥ずかしくないだけの売り上げを持たせることもできる。取引先から、別の新しい紹介を頂けることも多い。俺と一緒にやってみないか。俺がユリちゃんを大切に育てるから。」


須藤に圧倒されていました。痛いところを突かれてもいました。正社員になりたいと言ったのは私ですし、なぜチャンスを掴もうとしないのかという言葉も突き刺さりました。須藤は彼の売り上げを、数字を、私に分けるとすら申し出ているのです。


ですが、それに甘えてしまったとしたら。私にも支払うべき代償が生じることは避けられないでしょう。彼の提案を受けることは、すべてを理解した上で罠にはまるようなものでした。


そこから無事に逃げられるだけの勝算などありませんでした。

ですが、私は答えました。


「須藤部長、ありがとうございます。いろいろ考えて下さったこと、本当に感謝します。営業職というものを前向きに考えてみたいと思います。私はどのように動けば良いのでしょうか?」


須藤の目には安堵と喜びが浮かんでいました。私は彼の提案を、そして全てのリスクを受け入れました。

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