第35話 回想

「なんか優理香ね、ちょっと雰囲気変わったよね。」


この日は沙也と会っていました。彼女が来たいと言っていた南円山のカフェは洗練された大人びた空間で、私も大いに気に入りました。

前回よりもさらにお腹の大きくなった彼女は、体重の増加について病院の先生から注意を受けたとこぼしていました。


「そうかな・・・私もちょっと太った?最近体重測ってないけど。」

沙也は苦笑しました。


「優理香はぜんぜん変わらないよ。昔から細いままで、体重なんて気にしたことないでしょ。そういうんじゃなくてね・・・なんか、明るくなったし、よく笑うようになったし、キレイになった。」


「うん・・・割と最近言われるんだけど。でもキレイなのは昔からじゃない?やっぱり私、可愛いより綺麗系かなって。」


何故だかこのところ、桜井さんは綺麗になったと声をかけられることが多くなっていました。以前は男性から容姿のことを言われても素直に受け取れませんでしたが、この頃は秘かに喜んでいました。


「ちょっと、調子に乗りすぎ。やっぱりなんか違う。昔に輪をかけて高飛車になってる?」

沙也は鼻で笑いました。


「えっ、私は高飛車じゃないでしょ。美人だけど内気だし、奥ゆかしくて慎ましいでしょ。どちらかと言えば人見知りだし、大人しいし・・・」

他にも続けたかったのですが、遮られました。


「もう~なんかイラッとする。なんなの、その自信・・・?うん、自信ある感じになったのかな?前よりも。と言うより、昔の優理香に戻ってきた感じ?」


「昔の私ってそんなに自信家だったっけ・・・?昔はどんなイメージだったの?」

尋ねると、沙也は思い出すように考える表情になりました。


「自信家っていうかね・・・普通だった。のびのびしてたよね。そして最近、この何年か、暗かった。」


「それはしょうがないでしょ。貴之との結婚生活でやつれてたもんね。もう結婚はこりごりだよ。あ、沙也は幸せの絶頂か。ごめんね。」


「私のことはいいんだけど。うん、優理香、ほんとに元気になったんだね。復活したって感じ。良い意味で、自分に自信を持っているのかな。」


沙也にそう言われ、悪い気はしませんでした。


「そうね。やっぱり独身が楽しいよ。自由だし。お金さえ稼げればひとりでいいし、尽くしたがる男の人がいたら貢がせてあげればいいし。」

つい口が滑ってしまいました。


「黒っぽい発言ね・・・貢いでくれる人がいるの?この前言っていた部長とか?」

沙也は興味ありげに私の表情を探ろうとしました。


「ううん、それほどでもないけど・・・でもまあ、いろいろ良くしてもらってるけど。あれこれ誘ってくれる人もいるけど、良いのは最初のうちだけかもだし、浅い付き合いがいいよね。正直男の人より沙也と会う方が楽しいよ。」


「ふーん、いろいろ良くしてもらってる、か・・・そして浅いつきあいね。なるほどね。そしてやっぱり、優理香は私が本命だもんね。昔からわかってたけど、結局はね・・・」


沙也は訳知り顔をしながらにやにやと笑いました。


「ちょっと、そっちこそ勘違いしすぎ。誰が自信家なんだか・・・」


そう言葉を返しながらも、沙也以上に好きな人などいませんでした。


沙也との会話でいろいろ思い返しましたが、若い時代の私は、確かにもっとのんびりして、他人の顔色をうかがうような性格ではありませんでした。学生時代、貴之と付き合っていた最初の頃はそれなりに幸せを感じましたが、交際が長くなるにつれ、そして結婚を機に私は本格的に自分を卑下するようになりました。貴之が常に批判的で、私を支配するようになるほど自信を失ってゆきました。そんな状態に何年もいたことを思い出すと、改めてぞっとしました。


そして、皮肉なことではありますが、須藤と過ごすうちに、そうとも気付かぬうちに、私は少しずつ癒されていたのです。彼が常に私を気にかけてくれること、私を想い、称えるようなメールが日々送られること、私に会うのが何よりも楽しみだと繰り返し告げられること。会うたびに綺麗だとか、可愛いとの言葉を受け、称賛をこめた眼差しを向けられること。私と会う彼が生き生きとして、笑顔を向けてくれること。


それらの須藤のあり方が、いつの間にか私を癒し、自信を取り戻させてくれていたことは、やはり皮肉な事実でした。

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