第44話 変化
話しにくいことを話し合ったわけですが、その後メインのお皿が運ばれてきて、また空気が変わったような気がしました。お料理の感想を言い合ったり、他の話題になったり、和やかな時間を過ごすことができました。
須藤の切り替え能力の高さに救われていました。元夫の貴之には、言いたい事を伝えることなどできませんでした。言いにくいことを少しでも言おうものなら手ひどく批判されたり、関係ないことで責められたり、その後も険悪な空気が続いて消耗したものでした。
須藤は私の言おうとすることや気持ちを受け止めようとする姿勢を感じられました。年上の男性らしい余裕や包容力に安心感を覚えるようになっていました。
「今日はユリちゃんと来られたから、また格別に美味しく感じたよ。夜も来てみたいね。」
手の込んだデザートを頂き食事が終わりつつある頃、須藤はさりげなく言いました。ランチとディナーではお店の雰囲気もまた違ったものになるのだろうと思いました。夜はさらに煌びやかな、大人びた空間になるかもしれないと想像しました。
「いつも贅沢をさせて頂きありがとうございます。でもあまり散財しないで下さい。ご家族もいらっしゃるわけですから。」
須藤から贈られたアクセサリーを身に着けながら、心苦しく感じてもいました。
「ユリちゃんはそんな事気にしなくていいよ。金に困ってるわけじゃないから。」
須藤はそのように言いましたが、私と会うたび彼の出費は少なくないと感じていました。彼の肩書を考えれば、高収入ではあるのでしょう。ですが須藤のような世代の男性の多くは、家族を養いながら住宅ローンや子供の教育費などに多額のお金がかかるはずだと思いました。
「ユリちゃんは本当に慎ましい人だね。純粋で、古風なところもあって・・・初めて見た時、とても綺麗な人だと思った。なのに、なんて控えめで大人しいのかと驚いた。」
須藤は強い眼差しで私を見つめました。
「どちらかと言えば地味にしていて、きちんとお化粧すればモデルみたいになりそうなのに。もっと自信を持てばいいのにといつも思う。でもユリちゃんが自信満々だったら、俺なんて近寄れなくなっちゃうけど。」
そう言って須藤は笑いました。
「今少し自信がつきました。いつも褒めて下さるので、前向きになれている気がします。」
「本当のことだよ。俺はユリちゃんと一緒にいると元気になれる。ユリちゃんみたいな人が俺と会ってくれるなんてすごいことだと思っている。」
須藤はよく私の容姿を称賛してくれました。でもそのたびに微妙な気持ちにもなりました。外見を褒められるのは苦手でした。私の外側を気に入る人は、内面を見てくれたわけではないのだと思っていました。
「ユリちゃん、あまり嬉しそうには見えないな。褒めているつもりだけど。」
須藤はいぶかしげな顔をしました。
「実は、容姿について褒められても、どう反応したら良いのか・・・私が何か努力したことでもないですし。」
いくぶん素っ気なく返してしまいました。
「もしかしてコンプレックスなのかな。俺はユリちゃんの外見だけがいいと言っているわけじゃないよ。」
須藤は少しむきになったようでした。
「最初はユリちゃんの容姿に惹かれたのは事実だが、それからユリちゃんの性格や内面を知るうちにますます好きになった。俺はユリちゃんの外見も内面もどちらも素晴らしいと思っている。」
「そう言っていただけるなら有難いです。」
あまり熱弁されても、どうして良いのかわかりませんでした。
「そんなにさらっと受け流さないで。本当に俺はそう思っているからね。ユリちゃんのその独特の風貌は特別だよ。どこかエキゾチックで、異国の絵画のモデルのような雰囲気がある。」
須藤は私を褒めようとしていたのでしょうが、彼が何か言うほど、なんと答えれば良いのかわかりませんでした。
「ユリちゃん、自分の姿にもっと感謝するべきだよ。せっかく神様がくれたのに。」
意外な言い方をされ、私は彼を見返しました。
「ルックスだって神様のギフトなんだ。ある種の才能なんだよ。」
不思議な言い方をする人だと思いました。でも彼が“神様”という言葉を使ったことは何故か心に響きました。どんなに容姿を褒められても、自分の努力や手柄でもないことなので、どうして良いのかわかりませんでした。ですがただ感謝するだけで良い。与えられた才能と思って良いのなら、ふと気持ちが楽になりました。
「ちょっと、嬉しかったです。」
私は短く伝えました。
「ユリちゃんが素敵だと伝えたい気持ちを素直に受け取って欲しいんだ。そして自信を持てばいい。ユリちゃんに輝いていて欲しい。」
須藤は会うたびに私を励まそうとしてくれました。この頃から少しずつ、私は自分の外見を好きになりつつありました。
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