第45話 誤算

デザートを食べ終え、コーヒーを飲み終えても須藤と私はまだ話し続けていました。時間は午後3時を過ぎていました。


「そろそろ行かないとね。」

須藤が時計を見ながら言いました。もうそんな時間だったことに気付いていませんでした。


「帰りも運転できそうかな?」

「ぜひ、そうさせて頂きます。」


私の自宅近くからこのレストランまでは数十分の距離がありました。これほどの距離を運転できるようになったことも感慨深く思いました。


須藤がお会計をするのを少し離れたところで待っていました。彼に支払いをさせる事に慣れつつある自分を奇妙に感じました。


お店を出ようとする時、鏡に自分の姿が映りました。須藤から贈られたアクセサリーに目を奪われました。立ち止まってゆっくり眺めたい気持ちを抑えていました。


帰りの車の中、須藤は言葉少なめでした。時おり運転に関するアドバイスをしてくれましたが、そうではない時、彼はずっと私を見つめていました。体中に彼の熱い視線を感じました。私は努めて運転に集中しようとしました。


「次の週末、ユリちゃんに会えないのは厳しいな。」

自宅が近づいた頃、須藤が言いました。


「明日も会えたら良かったのに。」


どう返事をして良いのかわかりませんでした。明日、そして次の週末会えなくても、その翌週末はゆっくり会うことにしましょう、などとは言えませんでした。

やがて車は自宅近くのコンビニに到着しました。女友達とは違い、家でお茶をいかがですかと誘うことも出来ませんでした。


「今日もありがとうございました。レストランも本当に素敵で、良い時間を過ごせました。」

助手席にいる須藤へお礼を伝えました。


「俺も楽しかったよ。でも最近は、苦しい気持ちにもなるんだ。ユリちゃんといると嬉しくてたまらないのに、苦しくもなる。もっと近づきたいと思ってしまう。」


須藤がふと私の手を握りしめました。私が何も言えずにいる間、須藤は手を放してはくれませんでした。しばし私達は見つめ合っていました。


「・・・もう行かなくては。最近日が短くなってきましたから、須藤部長も早くお家へ帰らないと。」


私は目を逸らし、かろうじてそんな言葉を絞り出しました。彼に見つめられ、触れられていると自分がどうなってしまうのか自信が持てませんでした。私は手を引きました。


「それ、ユリちゃんによく似合ってる。会社にも着けて来てくれるかい?」

須藤は遠慮がちに言いました。


「ご家族には申し訳ないのですが、本当はとても嬉しかったです。そうさせていただきます。」


正直に言うべきでもなかったのでしょうが、言ってしまいました。須藤は笑顔になりました。私が運転席から降りると、彼も助手席から出て私のいたところへ座りました。


「ではまた月曜日。会社が始まるのが待ち遠しいよ。」


そう言って須藤は手を振りました。私は頭を下げ、もう一度お礼を伝えました。

車が発進しました。走り去ってゆく黒のレクサスを見えなくなるまで見送っていました。


須藤の言葉が耳に残っていました。私といるのが嬉しいのに、苦しくもなると彼は言いました。そんな気持ちを抱かせてしまうのはいけないことだと思いました。


少し以前は、彼がどれほど時間やお金を私のためにつぎ込もうが、私を好きになって傷つこうが一向にかまわないと思っていたはずでした。私は彼に復讐しようとしました。彼から搾り取れるものはすべて取ってやろうという気持ちでした。


ですがこの時、私は心苦しく感じていました。彼が苦しいと言ったように、私も本当は苦しかったのです。


私は一体どうしてしまったのでしょうか?あの人が苦しむのを、私は喜んで見ているはずでした。ですがその計画はいつの間にか、どこかで狂い始めていました。

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