第2話 再出発
少しずつ振り返ってゆきたいと思います。
元夫と決別するため、とある企業の契約社員として就職しました。正社員ではないものの、お給料や待遇は悪くありませんでした。
数年の結婚生活で精神的にすっかり疲弊し、泣いて過ごした日も多かったものですが、社会復帰をしたことは転機となりました。元夫の言葉や態度や行動をいちいち気にしなくなりました。仕事を通して同僚や先輩、上司や取引先の人々と話したり接するうちに、だんだんと元気になることができました。
社会復帰をして数か月後には引っ越しました。新居を探すのは楽しい時間でした。私の給料でも慎ましくならば生活できそうな、古いながらも小奇麗なアパートを見つけたときは胸が高鳴りました。元夫との生活から脱出したくて、少しずつ荷物をまとめ、家出同然にそれまでの家を後にしました。
結婚前の貯金は残していたので家具は憧れていたお店で選びました。ベッドと小さめのダイニング、椅子を一脚購入しました。食器も、雑貨も、服も、高価ではなくともすべて自分の感性に合うものを探しました。それまでバラバラになっていた自分自身を少しずつ取り戻すような、癒される時間でした。
新居で暮らし始め、生まれ変わったような気持ちでした。それでもしばらくは、元夫が私を探し出さないか心配でした。不安はありましたが、飛び出してみればいかにあの結婚生活が苦しいものであったかを実感しました。元夫は否定的で支配的で、常に私をコントロールしようとしました。何かにつけ責められる、心の休まらない日々でした。彼は浮気もしていました。私が指摘すると、嘘を重ねて私が妄想しているとか、狂っていると責め立て怒り散らすのでした。
あの日々を思い出すと、今はもう自由になれたのに息が詰まりそうになります。当時の私の弱さや不憫で、歯がゆくもなります。後に私は元夫に対しても私なりの復讐を果たしました。それはまた後にしましょう。
新居で暮らし始めて数か月後、私は元夫に離婚届を送りつけました。慰謝料は請求しませんでした。正確には、浮気の証拠はつかんでいるが、すぐに離婚届を返送するなら慰謝料はいらないという手紙を書きました。浮気相手であった職場の女性の名前も書き記しておきました。
こうして無事に離婚届は返送されました。返送先は新居ではない住所を知らせていました。郵便物の受け取りと転送をしてくれる業者があるのです。役所へ離婚届を提出し、晴れ晴れとした気持ちになったかと言えば少し違いました。私が決断し行動したことですが、そしてその行動は正しかったと確信していますが、何故か涙が止まりませんでした。辛かった結婚生活と、幸せだった恋愛時代の日々が繰り返し思い出されました。結婚後は傷つけられることばかりでしたが、かつては元夫を愛していたのです。
今にして思えば、明らかに理不尽なことで元夫は私を責め立てました。
彼の機嫌をうかがうばかりのおびえた、自分を責め続ける日々に浸かっていきました。
でもこの時私は正式にそこから抜け出したのです。もう二度と自分にそんな思いはさせないと誓いました。これからは男に依存はしない、支配もさせないと固く自分に約束しました。
離婚を経て、一区切りできたようなすっきりした感覚がありました。
会社での仕事はさらにやりがいが増し、同僚たちとの関係も良好でした。名字が変わったことは少しぎこちないことでしたが、以前よりも私自身の雰囲気が明るくなったという風なことをよく言われました。
職場の飲み会にも参加するようになりました。男性社員の方達からも食事やお出かけに誘われるようになりましたが、結婚で嫌な思いをしたこともあって二人きりで出かけることはしませんでした。女性の同僚たちとは親しく過ごせる方も増えました。
男性とは、友人以上になろうとは思いませんでした。ですが職場や取引先の人たちですから、気持ちを害されないように気を遣い、曖昧な態度だったかもしれません。表面的には当たり障りなく距離を置こうと心がけていました。
そんな中、距離を破ってきた人がいました。須藤という人です。その人はまるで不意打ちのように、けれど実のところ時間をかけて、狙いすまして来たのです。男性に疎かった当時の私は、彼の思惑を悟れませんでした。
須藤は隣の部署の営業部長でした。年齢は四十代後半で、当時の私より20歳ほど年上の人でした。席が遠くはなかったので、挨拶や普通の会話をする間柄でした。社内の飲み会ではプライベートな趣味の話などもしていました。
彼のことを嫌いではありませんでした。気さくで、人見知りをする私でも話しやすい人でした。既婚者で、高校生の娘さんもいて、家族の話を聞くこともありました。幸せな家庭を築いているのだろうと想像していました。
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