第3話 須藤

須藤とはたまに帰り時間が一緒になる時があり、食事に誘われることもありました。彼は隣の部署の人でしたが、書類の作成等を頼まれることもありました。日頃のサポートのお礼をしたいから、などと言われると、素直に甘えることができました。何かと気遣い、温かく接してくれる優しい方だと感じて、安心していました。


入社してしばらくは、ごく良好な関係でした。入社時の面接の場にも須藤がいました。後で知りましたが、彼も私の入社を勧めてくれたひとりだったようです。


ある日彼と飲みに行った際に、私の名字が変わったことについて言われました。

「今の名字の桜井さんの方が前よりもいい。優理香ちゃんという名前に合っている。」

そう彼は言いました。


心が温かくなるような言葉でした。名前が戻って、私が以前の自分らしさを取り戻しつつあった時期でした。おめでたい理由ではない名字の変更を気遣って、話題にせずにいてくれる方も多かったのですが、須藤に言われたことは少しも嫌な気がしませんでした。むしろそのように伝えてくれたことを嬉しく感じました。


「でもまた結婚したら名字が変わっちゃうからね、俺は桜井さんのことをユリちゃんと呼ぼうかな」

そう須藤は言いました。


私はもう結婚はしないと思います、と返事をしました。重い口調にはならないよう心がけました。

「もう結婚したくありません、須藤部長のように幸せな家庭が作れるとも限りませんし・・・」

そう答えると、須藤は私の手を握って強い調子で言いました。


「そんなことはない。絶対そんなことない。ユリちゃんはまた結婚もできるし、いい男がいくらでも寄ってくる。すごく美人だし、スタイルもいい。自信がないだけだよ。」

須藤は幾分しつこいほどに、私の外見について褒め言葉を並べました。


この時に気付けば良かったのかもしれません。須藤はサインを出していたのです。

今にして思えば明らかだったのですが、私はあまりに疎くて、好意的に捉えていました。


彼は離婚をして落ち込んでいるであろう女子社員を熱心に励ましているのだろう、というぐらいにしか認識していませんでした。やがて始まろうとしている男女のいびつな関係は、すでに下地が整えられつつありました。


ですがもしこの頃に戻れるとしても私は別の道を選んだかはわかりません。私は今の自分を卑下したくはありません。憎みたくもないのです。


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