第4話 残業の後

会社の人達と食事をする機会が増えていきました。時おり会話するような相手であれば、男性でも、女性でも、数人ほどで会社帰りに居酒屋へ寄るような具合でした。須藤もよくその中にいました。彼は部長だったので、部下たちに食事をおごることも少なくありませんでした。職務的にも、立場的にも、広い範囲で会社の経費を使えるようでした。


ある夜のことです。私は締め切りの迫っている資料の作成に追われていました。普段は残業をしても7時か7時半には帰りましたが、その日はやや遅く9時過ぎまで残っていました。社内に残っている人もまばらでした。


ようやく仕事がひと段落し、帰ろうとすると須藤に声をかけられました。

「ユリちゃん、まだ仕事してたの?随分遅いじゃないか。夕食は食べた?」

仕事が忙しかったので、お茶を飲む程度で何も食べてはいませんでした。


「頑張り屋だね。駅近くにオープンした店、もう行ったかい?女性好みの雰囲気だったよ。軽く食べて行こうか。」

断る理由もなく、彼とその新しいお店へ向かいました。


新しいビルの高層階にオープンしたそのお店は普通の居酒屋と違い、かなりお洒落な雰囲気でした。高級感があり、料理も洗練されていました。カクテルの種類も豊富で、いつもよりも多く飲んでしまいました。須藤もいつになく楽しそうで、こういうお店は女性がいないと入りにくいね、とはしゃいだ様子でした。


この日は二人きりだったこともあり、いろいろ深い話もしました。互いの趣味の話や、結婚観、男性観、女性観についてそれぞれ意見を言い合いました。彼と話すのを楽しく感じました。須藤のことを男性としては意識しませんでしたが、友人としていろいろ話せて、魅力的な人だと思いました。後にそれは、自分にとって都合の良い思い込みであったと痛感したわけですが・・・


夜もかなり遅くなり、そろそろ店を出ようかという時間になりました。

急に須藤がしまった、まずい、と舌打ちをしました。

「この前お願いしていた資料、明日の朝、客先へ持っていくんだった。すっかり忘れていたよ。まだ出来てないよね?」


確かその資料は、週末までで良いと言われていたので、当然まだ準備していませんでした。

「明日の朝、早めに出社して印刷すれば、朝一番でお渡しできますが。」

「そうか・・・いや、明日は客先に直行するんだよ。仕方ないな、家で作るしかないか・・・」

困った様子で須藤はそう言うのでした。


「それでしたら、いま会社へ戻ればすぐにできます。最初から作るより、すでにあるファイルを少し直すだけですから。会社で印刷できますし。」

「そんな・・・悪いね、いいのかい?俺が忘れていたせいなのに。」

「とんでもない。いつも須藤部長にたくさんお世話になっていますし、会社へ戻ればすぐですから。今日もご馳走様でした。」

「かえって申し訳ない。俺も一緒に行くから。」


そんなやりとりがあり、私達は会社へ戻ることになりました。


店から会社までは10分もかからずに着きました。夜遅かったせいか、外から会社のビルを見ると、私達のフロアの電気は消えていました。誰も社内には残っていないようでした。


会社に入って電気を点けました。私は急いで自分の席へ向かい、パソコンとプリンタの電源を入れました。

「誰もいないね・・・こんな時間まで申し訳ない。ユリちゃんに頭が上がらないよ。」

「気にしないでください。すぐできますよ。いまファイル出しますね。」


私は預かっていた書類を探そうとデスクの引き出しの中を探りました。パソコンから目的のファイルを呼び出し作業しようとすると、突然須藤が後ろから抱きついてきました。私は驚いて声をあげました。


「ユリちゃん、キスしたい。」

そう言って須藤は私にキスしようとしました。私はパニックになりながら、駄目です、と須藤を押し返そうとしました。ですが少しもかなわず、須藤は私の身体を触り始めました。


すでに絶体絶命の状況だったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る