第29話 旧友
その週は普段よりは須藤からメールを受けることはありませんでした。社内で時おり彼から資料の作成を頼まれることがありました。まるで普通の関係に戻っているかのようでした。
次の土曜日、私は友人と西18丁目エリアのカフェにいました。学生時代からの友人でしたが、会うのは久しぶりでした。
「沙也がママになるなんて、まだ信じられないな・・・もうつわりは大丈夫なの?やっと会えたよね。」
沙也は妊娠5か月を過ぎていましたが、お腹はそれほど出ているようには見えませんでした。
「うん、妊娠初期の方が辛くてね。しばらく食欲なかったけど、今はだいぶ戻ったよ。何回か誘ってくれていたのにごめんね。赤ちゃん産まれたらこんな風にゆっくり会えなくなるのかな。今のうちだよね。」
沙也は学生時代から雰囲気が変わっていませんでしたが、今は家庭にいるせいか、お腹に赤ちゃんがいるからなのか、さらに落ち着いた穏やかな奥さんといった風情でした。
「優理香は最近どう?仕事は順調なの?前にメールくれた時は、転職も考えているということだったけど・・・でも今の職場も気に入ってるんだよね。」
沙也は小柄でいくぶん童顔で、年齢よりも若く見えましたが、精神的にはむしろ大人びていました。学生時代から私が悩んだり、ストレスに感じていることをよく聞いてもらいました。元夫の貴之と離婚する時も。他の誰でもなく、沙也に話を聞いて欲しいと思ったものでした。
「うん、お給料もまあまあだし、周りもいい人ばかりだしね。でも契約だから・・・いつどうなるかわからないというのがね。」
「そうだったね。契約社員から、普通の社員になることは難しいものなの?」
沙也はハーブティーを飲んでいました。コーヒーが大好きな子でしたが、妊娠期間や授乳期間はアルコールはもちろん、カフェインも控えるという姿勢でした。
「そこだけどね。実は、社員になれるかもしれないんだけど、でもね・・・」
私は須藤に打診されている営業職について話しました。
「優理香が営業?イメージじゃなかったけど、でも似合うかもしれない!なんか、かっこいいね。いいじゃない、やってみれば。」
一通り話を聞き終えると、沙也は楽しそうに言いました。
「簡単に言うけど、営業って大変そうだから・・・なんか怖いな~って。」
私はまだ煮え切らない気持ちでした。
「でもその部長っていう人が、いろいろサポートしてくれるなら、甘えてもいいんじゃない?関係は悪くないんでしょ?」
須藤とのトラブルについては誰にも話していませんでした。その他のこともぼかして話していました。
「悪くはないけど・・・その人が上司になるのもなんとなく厄介な気がしてて。」
「もしかして、言い寄られているとか?優理香も昔からね・・・男子や先輩も狙ってる人達いたよね。教授もひいきしていたし。」
沙也は思い出すような顔をしてにやにやと笑いました。
「そうだったっけ?そんなに言い寄られた覚えないけど。いつの話?」
ほら、あの時も・・・と沙也は学生時代のエピソードを話し始めましたが、私はあまり記憶にありませんでした。昔、沙也や他の友人があの人は優理香が目当てだよ、などと言っていた気もしますが、実際に誰かから告白されたような経験はほとんどありませんでした。
「男の子達はあまりに脈なしで、告白する前に諦めていったよね。そのうち貴之先輩と付き合い出してからは、優理香は彼に夢中だったし。あ、でもごめんね・・・」
沙也はちょっと慌てたように謝りました。私は苦笑いしました。
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