第56話 筆記試験

試験の開始時間が近づくと、私は斉藤課長や同僚の方達に声をかけました。行ってきますと伝えると、皆さん励ましの言葉をかけてくれました。


小さめの会議室へ移動すると、試験問題の置かれたテーブルと椅子があり、水のペットボトルも用意されていました。そして確かに、試験問題はひとり分しかありませんでした。


人事部の宮沢部長と女性社員の島田さんが既に待っていました。


「おはようございます。今日は、お世話になります。」


お二人に挨拶すると、宮沢部長は笑顔になりました。


「桜井さん、おはようございます。実は、試験を受けるのは桜井さんだけなんですが。なので、リラックスして臨んで下さい。」


そのように告げられ、どうリアクションをすれば良いのかわかりませんでした。試験を受けるのが私だけなのを既に知っていましたが、驚いたふりをするべきなのかわからず、曖昧に笑い返しました。


「そうだったんですね。私ひとりなのに、お時間を取らせてしまってすみません。他のお仕事もあるでしょうに。」


お二人に頭を下げると島田さんが笑いました。


「これも人事部の業務の一部ですから。しっかり監督させて頂きます。」


人事窓口の島田さんには、契約社員として入社する際にもあれこれお世話になっていました。宮沢部長も島田さんも、人当たりのソフトな方でしたから、外から緊張して来た私には有難いことでした。


「試験の間は島田さんにお任せするので、頑張って下さい。」


宮沢部長が退室し、時間になると島田さんは始めて下さい、と言いました。筆記試験は1時間。休憩をはさんで、適性検査が1時間でした。


いざ試験を受けてみて、筆記試験の感触は悪くありませんでした。もともと文系の教科は得意科目でした。理数は苦手でしたが、数学の問題は私でもわかるものが出題されていました。


休憩をはさんでから、適性検査。こちらは正直どの程度できたのかよくわかりませんでした。問題自体は決して難しくはないのですが、スピードと正確さが要求されます。過去に新卒で採用された会社には、適性検査の成績はかんばしくなかったと指摘されたことがありました。


当時、問題集に取り組んだ頃は、これらの成績はどのような影響をもたらすのかといぶかしんだものでしたが、実際の事務作業というのは適性検査の問題をこなすのに近い能力を要するものだと実感しました。社会人としての経験が役に立っていれば良いけれど・・・と祈るばかりでした。


島田さんの合図で試験が終了しました。私はため息をつきました。合計2時間の試験を終え、少々くたびれていました。


「桜井さん、お疲れ様でした。また休憩をはさんで、今度は面接です。時間になったら中会議室へ移動して下さいね。」


島田さんが声をかけてくれました。面接はまた別の場所ですることになっていました。


「あともう少しだから、頑張ってね。これ、良かったらどうぞ。」


島田さんがアメとチョコレートの包みを手渡してくれました。気持ちが和み、お礼を伝えてその場でいただきました。


ほっと一息つきながら、島田さんと少しの間談笑していました。ドアをノックする音が聞こえ、宮沢部長と統括部長、そして須藤が現れました。


「お疲れ様。桜井さん、試験はよくできたかい?」


フレンドリーに声をかけてくれたのは柴統括部長でした。皆さんごく和やかな様子で、確かに緊張する雰囲気ではありませんでした。


「よくできていたら良いのですが・・・試験なんて久しぶりで、緊張しました。適性試験もあまり得意ではなくて・・・」


そう答えると、柴統括部長は笑いました。


「そうは言ってもあなたしか受けていないんだから。気楽にしなさいって。」


統括部長の言葉に曖昧に笑い返しました。暗に、いずれにしても私は受かるのだからと伝えてくれていた気がしました。


「桜井さん、そろそろ中会議室の方へ来てもらって良いですから。」


宮沢部長に言われ、私は入り口のドアの方へ向かいました。須藤と目が合いました。彼は無言でしたが、静かに力づけるような眼差しでした。


ここまで来れたことを、彼に感謝の気持ちを伝えたく思いました。もちろんその場で言葉にすることはできませんでした。言いようのない思いを抱きながら、しばし彼を見つめていました。

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