第58話 呼び出し

試験から数週間が過ぎ、須藤の部署へ異動する日も近づいていた頃でした。ある金曜、私は須藤から仕事の打ち合わせをしたいと声をかけられました。


その頃もまだ、土日に須藤と会うことは控えていました。運転の練習はまだ必要でしたし誘われてもいましたが、正職員への登用が決まったばかりの大切な時期だったことや、元の部署での仕事の方法をまとめたマニュアルを作りたいからと断っていました。


当時、それぞれの部署で仕事の手順をまとめたマニュアルは存在していなかったので、仕事を教わる側としては不便なことがよくありました。教えられたことを言われるままにノートへメモするといった具合でしたが、別々の作業を断片的に教えられるのでは、全体の仕事を理解しづらいことがよくありました。


元いた部署には、私に仕事を教えてくれた先輩達もいましたから、私が抜けても教えられる人がいなくなるわけではありませんでしたが、次に来る方にはできるだけわかりやすい形で引き継ぎしたいと考えていました。斉藤課長や同僚の方達が時間を取られたり、なるべくわずらわしい思いをしないで済むように環境を整えておきたかったのです。


練習を断っても、須藤は理解してくれていたようでした。この頃は他の営業社員の方達をまじえて頻繁に食事することがありましたし、そういった気遣いには非常に感謝していました。社内外で須藤と会う機会はますます増えていました。


須藤と会うのは嫌なことでも、気の進まないことでもありませんでした。正社員になれることを、彼にはとても感謝していました。感謝というより、恩義と言えるほどにも感じていました。


彼に対して、大きな借りができた気持ちでした。いずれ返さなくてはならないと、心のどこかで思うようになっていました。彼が以前にも増して、私を気にかけてくれているのが伝わっていました。


その金曜、須藤は斉藤課長に断りをいれたうえで、終業時間よりも少し早めに仕事を上がるように指示してきました。また飲みの席だろうかと思いました。正社員になることが決まってから、重役の人も交えた夕食の際には、時おりこのようなパターンがありました。


この日は駅から直結のデパートへ向かうようにと須藤に言われました。彼は少し後で来るので連絡するとのことでした。食事会は駅近くの居酒屋へ行くことが多かったのですが、この日はデパートのレストラン街なのだろうかと思いました。


デパート内を見るのは好きなので多少待たされてもちょうど良いと思っていました。私はまずデパ地下へ向かいましたが、かなり混んでいて辟易へきえきしました。諦めて、食器等の雑貨を見ようとエスカレーターで上階へ上ってゆきました。


その時、須藤から携帯に連絡がきました。彼は既にデパートに着いていたようで、彼のいる階へ来るようにと言われました。お店をろくに見ることができなくて、随分早いのではと思いました。


須藤に呼ばれたのは、婦人服の売られているフロアでした。レストラン街へ行くのだとばかり思っていたので妙に思いました。


なんとなくフロア内のお店を眺めながら歩いていると、あるお店の中で須藤を見つけました。


「ユリちゃん、こっちだよ。」


須藤は手を振って私に呼びかけました。

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