第32話 練習2

須藤は車の中でも上機嫌で、社内での話題や取引先であったことなどを話していました。彼の話す内容は自分の知り得ない情報も多かったので興味深いものでした。以前から彼と話すことや、彼の話を聞くのが嫌いではありませんでした。そういう点で、私が彼に好意を抱いていると思われてしまったわけですが・・・


話しているうちに、先日初めて運転をした同じ公園に着きました。あの日彼は一体どこへ向かっているのかと少し不安がよぎりましたが、この日はそんな気持ちになることもありませんでした。ですが公園に着き、これから運転の練習をすると思うとやはり心もとない気持ちになりました。


「さあ・・・着いたね。やってみようか。」

須藤は笑顔で言いました。私は返事をしましたが小さな声にしかなりませんでした。


「そんなに固くならないで。ほら、気楽にしよう。」

須藤は笑いました。私がナーバスになっているのを楽しんでいるようにも見えました。彼が運転席を降りたので私も仕方なく助手席から出て、彼のいた席に座るしかありませんでした。


「この前と一緒だよ。まずは公園の周りを回ってみよう。」

須藤は先日と同じように丁寧に手順を説明してくれました。私も忘れていたわけではありませんでした。前回ほどは緊張せずにエンジンをかけました。ギアをチェンジし少しずつアクセルを踏み込みました。


自分が車を動かすことはなんとも奇妙だと感じました。それまで自分の人生にはないアクションだったのでこの頃のことは今でもはっきりと覚えています。公園の周りを走るのは、やはりそれほど難しくはありませんでした。


「ユリちゃん、上手だよ。ほら、そんなに怖いことじゃないよね?」

隣で須藤が満足そうに私を見ました。


「でも、ここは普通の道とは違いますから・・・車も全然走っていなくて、人もほとんどいなくて、練習にはちょうど良い場所ですね。」

私も実のところ車を走らせるのを楽しんでいました。


公園を何周かまわったところで須藤が言いました。


「だんだん物足りなくなってきたんじゃない?そろそろもう少し広い範囲で運転してみようか?」


そのように言われ、私は動揺してしまいました。

「ダメです。それは怖いです。対向車とか、他の車がいたら、どうして良いかわかりませんから・・・」


「うん、でもこの辺はそんなに車も走ってなさそうだし、住宅街周辺をゆっくり走る程度なら、それほどの事じゃないと思うけど・・・道も広いし。」


そう勧められても、私は気乗りしなくてブレーキを踏みました。


「いいえ・・・まだそんなに簡単にはできません。他の車の邪魔になったり、ぶつかったりしたらと思うと怖くて・・・」

別の車道に出るなど、まだ考えられませんでした。


「ユリちゃん、そんな顔しないで。まだほんの手始めだし、俺も無理させるつもりはないから。嫌だったら俺が運転を代わるから、まずは公園近くの道がどんな様子か見てみようか。」


須藤は穏やかに言いました。それなら良いですと伝え、私達は席を代わりました。公園周辺の道を走りながら、サイドミラーやバックミラーを活用することや、ウィンカーを出すタイミングなどを教えてくれました。公園から少し離れてもほとんど車や人通りはありませんでした。


「このへん、閑散としているから、車道でも練習しやすそうだね。ユリちゃん、まだやってみないのかい?もっといろんな風に走ってみたくならない?」


正直なところ、このぐらいの道ならなんとかなりそうだと感じていました。私は心を決めてまた運転席に座りました。


この時はひどいのろのろ運転だったと思いますが、ほとんど他の車のないことは気楽でした。この時点で、運転をすることはそれまで考えていたほど無理なことではないかもしれないと思い始めていました。少なくとも、この範囲での練習ならば前向きにできそうだと思えました。


しばらく公園周辺の道をあちこちと走りました。ウィンカーを出しながら右へ、左へ曲がり、やがて元の公園に戻ってきました。


「須藤部長、ここだからとは思いますが、私が車を運転しているなんて本当に嘘みたいです。一生、無理だと思っていました。練習をきちんとすれば、もしかしたらできるようになるかもしれません。こんな機会を下さってありがとうございます。」


車を停め、須藤に感謝を伝えました。少し気持ちが高ぶっていました。


「そんなに大げさなことじゃないよ。運転なんて慣れだから、何度もすればちゃんとできるようになるよ。ユリちゃんが喜んでくれたら俺は嬉しいから。」


須藤は少し照れた様子でした。ひどく憎んでいた人に感謝している自分も不思議でした。ですが彼のことを嫌いではありませんでした。悪い人ではないのだろうと思いました。全く警戒しなくなったわけではありませんが、彼と過ごしている時間に慣れつつありました。


「ユリちゃん、そろそろお腹空いてない?お昼にしようか。けっこう頑張って練習したと思うよ。」


須藤が腕時計を見ながら言いました。いくつかの候補のお店を提案され、彼が先日調べてくれたというカフェをお願いしました。

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