第33話 悪意

札幌から小樽へ向かう途中にそのカフェはありました。高台にあり、ナチュラルな内装が好ましく、窓側の席から海が見えました。


「こんなお店があるんですね。すごく好きな雰囲気です。車じゃなければ来られな

い場所なので嬉しいです。」


須藤に声をかけると、彼は笑顔になりました。


「ユリちゃんはこういうお店が好きなんだね。良かった、俺も初めて来るから・・・というか、普段は和食の店が多いし、こういう所は慣れないから緊張する。こんなお洒落な感じの場所は、女性と一緒じゃないと気後れするよ。」


須藤は照れた風に言いました。きっと彼は接待などで高級なお店に行くことが多いのだと思いました。普通のカフェに行く機会はあまりなかったのかも知れません。


「良かったら、今度はファーストフードのお店に行きましょうか?須藤部長は行ったことないんじゃありませんか?」


「うん・・・若い時なら行ったことあるよ。でもこの年じゃちょっときついな・・・店頭でメニューを選ぶのに戸惑うんだよ。」

須藤は苦笑いしました。


「今だって、こんなおじさんが若い女性とカフェにいるというだけで、すごく頑張っていると思うよ。ちょっと無理しているぐらい。」

須藤の言い草に吹き出してしまいました。


「そんな大げさなことじゃないと思いますけど。」

私は笑いましたが、須藤は真面目な顔をしました。


「ユリちゃんにはわからないかな。俺はかなり頑張っているんだけど。ユリちゃんの気を引こうと必死なんだよ。」


彼の言いたい事はもちろんわかっていました。でもそのように言われると、なんと言葉を返して良いかわかりませんでした。そもそも彼は既婚者ですし、同じ会社の仲間として接する以外にどうこうという気はありませんでした。


この人はわかっていないのだろうか、と思いました。私が元夫に浮気をされて傷ついていたことを。彼が私に心を寄せるのは、彼が奥さんを裏切る行為であり、かつては私自身がその立場にいたことを想像もしないのでしょうか。夫に裏切られ苦しんでいた私が、妻を裏切る人を好きになるとでも思っているのでしょうか?


そう考えると須藤に対して鬱屈した怒りの感情を覚えました。

たとえ彼が自分に好意を寄せ、良くしてくれたとしても、心を許せる気持ちにはなれませんでした。むしろ彼を罰したいような、苦しめてやりたい気持ちにかられました。


この人を自分に夢中にさせて、都合よく利用するだけして、体よくかわせば良いのかもしれない。今もそうしているように。


かつて自分を苦しめていた元夫への復讐心が、この時は須藤に向けられそうになっていました。

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