第53話 不安

その日、私が帰社するまで須藤の姿はありませんでした。彼の外回りの仕事が忙しかったのか、あるいは私のことを避けていたのかわかりませんでした。普通に考えれば、私達の関係は当然気まずいものでした。


翌日も同様でした。私が出社しても彼の姿はなく、営業先へ直行したようでした。以前ならば気にも留めなかったことだと思います。ですが私は彼の姿が見えないことに、心穏やかではありませんでした。やはり自分は彼をひどく傷つけたのかと思わずにはいられませんでした。


翌日はとうとう営業職の試験日でした。筆記試験はともかく、面接では彼と顔を合わせるはずでした。その時に落ち着いて話せるだろうかと心配になりました。


退社後自宅へ戻り、須藤にメールを送ってみようかと考えましたが、やはり躊躇ためらわれました。自分から彼に連絡するのは好ましくはないはずでした。私から彼にコンタクトを取ることは極力控えるべきだと思いました。


それでも彼からメールが来ているかもしれないと思いパソコンをチェックしましたが、スパムメール以外には何も届いていませんでした。がっかりしました。


気落ちしながら夕食の準備をしました。翌日は試験だというのに、須藤と何の言葉も交わしていないことは不安な気持ちになりました。厚かましいことながら、彼がメールでも良いから励みになるような言葉を送ってくれたら安心して過ごせるのに、と思いました。


その日は料理する気にもなれなかったので簡単な鍋にしました。お湯を沸かしてスープを作り、野菜と豚肉を煮込んだ後にゆでうどんを入れました。寒くなりかけの時期だったのでちょうど良いメニューでした。


温かいうどんを食べるとだんだん気持ちが落ち着いてきました。もう毎日鍋で良いかな、と思いました。スープの味と具を変えれば連続でも飽きない気がしました。個人的には、鍋系の料理は翌日の方が美味しいと思っていましたが。


食後はシャワーを浴びました。でもだんだんシャワーでは寒くなっていました。そろそろお風呂にすべきでしたが、冬になるとガス代や灯油代がかさみそうだと思いました。ですが私の住むアパートは灯油暖房なのが長所でした。都市ガスならばまだ良いのですが、お湯も暖房もプロパンガスの建物は毎月のガス代が高くつきます。暖房だけでも灯油であれば、ガスの部屋よりはましでした。部屋を決める際に、こだわった部分でもありました。


幸い、会社員として勤めに出ていれば専業主婦として家にいた頃よりは暖房費はかからないだろうと思いました。料理はできるので自炊や節約をすることは苦ではありませんでした。でも契約社員のままではあまり貯金もできず、突然契約を切られないとも限らず、将来への不安が大きかったことは事実です。


正職員になって働き続ければ諸々の手当やボーナスをもらえることは大きな違いでした。そうなれば実家の両親へせめてものお詫びとして、少しずつお金を返せると思いました。


昔は浅はかすぎて理解していませんでしたが、親は私を大学へ通わせるために奨学金を借りていました。その費用を返す必要はないと両親は言ってくれましたが、東京へ進学した弟が大学院へ進みたがっていると聞きました。弟は一度受験に失敗したので、浪人して札幌の予備校にも1年間通いました。


田舎でサラリーマンをしている父と、パートタイマーとして働く母。地方から私達姉弟を大学へ出すにはどれほどの苦労だったのか。私は私大だった上に、弟は予備校にも通い、国立とは言えあと2年も学生であることは大変な費用がかかるはずです。学費の他に、アパートの家賃や生活費など、毎月相当な額です。子供の教育のために両親が借金を重ねるとしたら、心痛まずにはいられませんでした。


とにかく今は、営業だろうが、まずは社員になるべきだと強く思いました。その思いが強まるほど、須藤は本当に私を採用してくれるのか、少し不安を覚えてもいました。


夕食を食べ終えると、少しだけ筆記試験の問題集を解きました。すでに終えていた教材だったので大した勉強にはならず、気休め程度にしかなりませんでした。結局もう明日なのだから、今さらという気もしました。


ドライヤーで髪を乾かしながら、再びパソコンのメールをチェックしました。須藤からのメールが届いていました。どきりとしながら、こんばんは、というタイトルのそのメールを急いでクリックしました。

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