守城のタクティクス

馳月基矢

第一章 友軍を集結させ、籠城に備えよ

一.急行して救援せよ

 全くの遭遇戦だった。

 ちょうばんねんは馬上で槍の柄を握り直した。敵味方、共に騎兵だ。数はこちらが多い。あたりは、川と山とに挟まれた細長い平原。数百騎がぶつかり合う戦場としては申し分ない。

 蹴散らしてやる!

 先頭を駆ける趙萬年は乾いた唇を舐め、キッと敵を睨んだ。二百騎ばかりの敵は、突然の遭遇にまだ戸惑っている。

「おい、ばん!」

 並走するちょうじゅんが、趙萬年を呼んだ。

「何だ、大哥あにき?」

「ここは俺が引き受ける。おまえは自分の隊を率いて先行しろ!」

「わかった!」

ちゅうれつ、おまえも行け!」

 趙淳は実弟のちょうこうに命じた。仲洌とは、趙淏のあざなだ。趙淏は兄にうなずいた。

 敵との距離が詰まる。趙萬年は、やっと身構え出した敵陣の中で特に層の薄い一点を槍で指した。趙淏が同じ一点にえんげつとうの切っ先を向け、の兵に突破の意思を示す。

 趙萬年は馬を叱咤した。

「走れ!」

 馬は目を血走らせて疾駆する。

 趙萬年は齢十八の若さだが、行軍の足の速さはちょうぐんでも随一だ。同じく素早さに定評のある趙淏が麾下を率い、趙萬年の隊に遅れず付いていく。

 槍を掲げ、敵陣に突っ込む。趙萬年の勢いに当てられ、敵はひるむ。

 立ちはだかったつもりか立ちすくんでいるのか、一騎が趙萬年の進路を阻んだ。

「邪魔だッ!」

 駆け付けざまに槍を繰り出す。穂先は正確に鎧甲よろいの継ぎ目を突き、敵兵の喉を裂いた。血が噴き上がる。

 落命した敵兵は馬ごと地面にくずおれる。それを踏み付けながら、趙萬年を先頭とする趙家軍の分隊五百騎が敵陣を突破する。

 馬蹄の響きの中、背後で戦闘が始まった気配がある。趙萬年は振り返らない。朗々としてよく通る趙淳の声が聞こえた。趙淳と共に残る兵は五百騎。いずれも精鋭だ。こんなところで雑兵に破れたりなどしない。

 行く手に橋がある。いかだを並べて鎖でつなげ、かんこうの北岸と中洲とを結ぶ橋だ。丘のように小高い中洲の頂にしんという砦があり、人の背丈に倍する高さの土塁で囲われている。

 中洲には敵軍が上陸し、土塁に群がって弩でを射掛けている。きらきらと尾を引いて飛ぶのはせんだ。箭柄に搭載された火薬が爆発すれば、炎が撒き散らされる。

 土塁の内側からは濛々もうもうたる煙が上がり、薄青い冬空を覆わんばかりだった。空気に混じるいがらっぽさに、趙萬年は咳払いをした。ひりつくほどに喉が渇いている。

 冬十一月七日、冷え込んでいる。にもかかわらず、馬上で槍を執る趙萬年は汗みずくだった。焦燥が内側から肌を焼き、寒さを感じる暇などない。

 神馬坡はじょうようからわずか十里(約五.六公里キロメートル)の距離にある。これほど近い場所にまで敵軍の侵入を許している。

 今、神馬坡を包囲する兵力は五千を下るまい。

 たった五百騎で突破できるだろうか。

 いや、突破しなければならない。

 神馬坡に閉じ込められた友軍を救い、近隣の武装勢力に声を掛け、できる限りの兵力を襄陽に集約する。それを為してようやく、趙萬年たち、そう国防衛の任を担った襄陽勢の兵力は一万に届く。

 対する敵国、じょしん族のきんがそろえた軍勢は、実に五十万を号している。十一月に入って数日のうちに、襄陽が管轄する国境地帯の城市、きんしゅうそうようこうが相次いで落とされた。

 襄陽は必ず守らなければならない。宋は、襄陽を落とされれば湖北の要を失い、湖北を奪われれば短期間のうちに国土の全てを金に呑まれる危険性がある。

 もはや一刻の猶予もない。

 趙萬年は槍を掲げ、肩越しに声を張り上げた。

「急げ! ぐずぐずしてたら新手の敵が来ちまう! そうなる前に神馬坡を救援するぞ!」

 おうッ、と応える声を背中に聞く。趙萬年は両脚に力を込めて馬の腹を締め、加速を命じる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る