第三章 地の利、水の利を活用せよ
一.戦力の入れ替えに応ぜよ
金軍が
「ふざけんじゃねえよ!
趙淳は頭を抱えている。
「どうもこうも、ここに書かれている通りだろうよ。襄陽に二人もの帥は不要である、趙淳に襄陽を預け、魏帥は兵力の足りない
「襄陽だって人手不足だっつうの! 徳安は徳安で、あのへんを
「今、湖北方面の軍事を司る
「
「しかし
「都でぬくぬくやってる連中は呑気なもんだ。前線から兵力を削るって、まじで頭おかしいだろ! この非常時、朱子学みてえな机上の空論なんかぶっこいてねえで、孫子の兵法くらい頭に入れやがれってんだ。手紙より食糧を送って寄越せよ、くそ
「わめくな。おまえの声は耳に響く」
「だって! 黙ってらんねえし!」
もっとわめいてやりたかった趙萬年だが、
「辞令に異議を申し立てている余裕はない。といって、これを無視して襄陽に留まれば、今後どんな処分が下るか……しかも、実際に徳安は金賊の標的となっている。あちらを捨て置くわけにもいくまい」
徳安は襄陽より南西へ四百五十里(約二百五十二.五
湖北の戦況は一日毎に変化している。徳安へ発つならば、ぐずぐずしている暇はない。金軍に先んじて徳安へ到達しなくては、徳安を救援できないだけではなく、魏家軍が敵の只中に取り残される格好になってしまう。
趙淳はしばし苦り切った顔をしていたが、目を閉じて一つ深呼吸をすると、笑顔を作って魏友諒に告げた。
「金賊が襄陽を完全に包囲する前に脱出して、徳安へ行ってくれ」
「
「魏帥の言う通り、徳安も間もなく戦場になっちまう。湖北は、金賊と頻繁に戦っていた昔から軍資金や食糧の徴発絡みで治安が悪い。おかげで朝廷公認の軍閥は、茶や塩の利権を持った豪族を相手に戦い慣れてきたわけだが、今回は敵の規模が半端じゃあねえ」
「ああ、茶賊や塩賊の討伐とはわけが違う。金賊が擁する兵力も、戦闘が展開される範囲も、今までの人生で経験したことがない」
「だから徳安守備の連中も不安で、なるだけ戦力を集めたいのさ。魏帥は今回、
魏友諒が一際きつく顔をしかめると、眉間にも額にもくっきりとしわが刻まれた。
「襄陽の守りはどうなる? 趙家軍は精強だが、三千の兵力だ。襄陽やその近郊の兵卒と合しても、五千には届かない」
「そうだな。かなり少ない。魏家軍は金賊がうようよしてる湖北を突っ切らなけりゃならねえのに、力を貸すことができねえ」
「そこは気にしないでほしい。私のほうこそ襄陽の守りが薄くなるとわかっていながら、兵を貸す余裕がない。すまんな」
「なぜ魏帥が謝るんだ?」
「趙家軍には世話をかけっぱなしだ。神馬坡では包囲を切り開いてもらった。呂渭孫の暴走を止めてもらった。そしてまた今、守備の体制を固めたばかりのところで私は襄陽を離れなければならない」
「どれもこれも、戦場じゃあ大して珍しくもねえ偶発事だ。俺だって、白河口まで金賊の親玉と話しに行ったとき、かなり危うい状況で後を任せたわけだ。万一のことを考えると、魏帥がいてくれて心強かった」
「借りは私のほうが多い。本当に、このまま徳安へ発っていいのか? 兵力不足をどうやって補うつもりだ?」
趙淳は、にっと歯を見せて笑った。
「当てがあるんだよ。戸籍の調査をして、はっきりした。襄陽の真の兵力は、今、表に現れている程度のもんじゃあねえ」
確信に満ちた口調だ。趙萬年は趙淳を見上げた。
「
「仲良く籠城することになっちまったんだから、一蓮托生だと思ってな。出会い方によっちゃ俺たちの敵だったかもしれねえ男に掛け合ってきた。手を組もうってことで、あっという間に話がまとまったよ」
「何だよ、それ? 誰と話してきたんだ?」
趙淳の両眼が鋭く、且つ楽しげに輝いた。
「襄陽一の財を誇る茶商と協定を結んできた。襄陽の茶商が抱えている用心棒や傭兵、提携している腕っ節自慢の船乗りがすべて、戦力を提供してくれるそうだ。趙家軍は襄陽の茶商と共闘する」
趙萬年は息を呑んだ。
「茶商と用心棒と傭兵って、つまり、茶賊じゃねえか! 何でそんなやつらと協定なんか!」
趙萬年の胸に激情が湧き起こって逆巻いた。
茶賊は、趙萬年の故郷を奪った。幼い頃の記憶もろとも、平穏であったはずの暮らしをすべて破壊した。
何も覚えてはいないし、この激情は本能のようなもので、理屈が通らない。
けれども確かな事実として、趙萬年は茶賊を憎んでいる。共闘など、想像しただけで
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