四.戦支度をして語り合え
趙萬年は安堵し、思わず座り込んだ。
「オレたちの夜襲を恐れて、投石機を持って帰ることにしたんだな。際限なく兵器が湧いてくるんじゃねえかとも思ってたけど、やっぱりそんなわけなかったんだ」
趙淳が手の甲で首筋の汗を拭い、へたり込む皆に言い渡した。
「作戦変更だ。今夜の奇襲は中止。全員、明日の戦闘に備えて
朝から陣頭指揮に立ちっぱなしの趙淳は、さすがに喉が
趙萬年は旅翠を手伝い、弩の改造と整備をすることになった。弓を背面に貼った弩はやはり持ち重りがして、
旅翠は疲れも見せず、生き生きと目を輝かせている。
「阿萬が手伝ってくれて助かるよ。弩や弓の調整は直感がものを言うからね。阿萬はやっぱり弓が得意なだけあって、調整や修理も手際がいい」
「武器ってさ、育てたらそのぶん、きちんと応えて育つだろ。かわいくなってくる。オレは、弓や弩を手に持ったら声が聞こえる気がするんだよな。具合悪いって言ってるときなんかは特に」
「ああ、わかる。あたしの
「うちの
三国時代に蜀漢随一の武将と名高かった
旅翠はくすぐったそうな笑いを喉の奥で転がした。
ちょうど大量の箭を担いで城壁に上がってきた王才が、手元の御留守な趙萬年に呆れ顔をする。
「阿萬、なに遊んでんだ?」
「遊んでねえよ!
「ああ、
「そうそう、格好いいよな。まあ、残念ながら、襄陽にいる間は
旅翠は、そこにまぶしい太陽があるかのように少し顔を伏せて目を細め、ささやいた。
「敵がいる間だけ、伯洌将軍もいてくれる。タコ金軍なんか早くいなくなっちまえばいいのに、それだけを願うことも、何だかできないんだよね」
趙萬年たちが城内で作業を続ける間、敢勇軍は城外に出て、明日の戦闘に備えた仕掛けを
まず旅翠の提案した東南方面である。金軍を足止めしたい地点に、打ち捨てられた木材を積んで
そしてもう一つ、趙淳と趙
一方的な攻め手ばかりを打つ金軍は、明らかに不測の事態に弱い。動揺が伝播しやすく、ひとたび恐慌が起こればこれを鎮静できないという、大集団ならではの弱点も有する。
それらの弱点を突くため、旅世雄や裴顕たちは城壁南門のすぐ外側、
濠の外に出ていた趙淏が周辺の偵察を終え、城に戻る途中で南門外の作業の
「手早いな。見事だ」
趙淏は切れ長の目を見張り、正直な感想を述べた。
船大工の主導で敢勇軍がこしらえているのは、幅二丈(約六.二
作業は夜通しかかるかもしれないと趙淏は考えていたのだが、浮き橋は既に完成間近だった。敢勇軍は力を合わせ、
旅世雄が誇らしげに分厚い胸を張った。
「特殊な縄の通し方をしてあるんですよ。縄を引っ張るだけで一直線の浮き橋に早変わりする、って寸法です。もう一つ造る余裕がありまさあね。夜中のうちに、ぱぱっと架けちまいましょう」
「すごいものだな。船乗りの知恵か?」
「茶賊の悪知恵かもしれませんぜ」
「どちらであってもかまわん。趙家軍にはできないことを、敢勇軍はやってのける。その能力と技術が頼もしい」
裴顕がひょっこりと話に入ってきて、馬の手綱を取る格好をしてみせた。
「趙家軍は騎兵隊が格好いいじゃないっすか。城壁の防衛も、伯洌将軍っていう要がしっかり留まってるから、俺みてえに脳味噌まで筋肉でできてるような下っ端が全力で暴れられるわけでしょ。偵察担当の仲洌将軍のそつのなさも、もう想像を絶してますって」
「
「俺が? どこが? いや、何というかそれこそ誤解で、俺、頭悪いんで、やらかしたりやりそびれたりしてばっかりっすよ。まわりに尻拭いさせまくり。たぶん、仲洌将軍の直属の部下だったら、一瞬で首にされますわ」
違いねえな、と旅世雄が茶化し、周囲からも冷やかしの声が飛ぶ。
連日の激戦を忘れさせる
敢勇軍の中でも路世忠のように帳簿に強い者は、城内に留まって机を囲んでいた。人員配置の変更や物資運搬の指示を箇条書きに著し、案が固まると清書し、図に描いてまとめて趙淳に提出する。
「伯洌将軍、御確認を。弩兵を増やし、城外に伏兵を置くとなると、やはり全兵力を戦闘に突っ込むことになりますな」
「後方で補給を担う人員が足りねえってことか」
「心配には及びますまい。今日の昼間、私どもが補給線を担っておるときにさえ、女衆に少年たち、老人たちまで加勢を名乗り出ておりました」
「城壁に上れば、流れ箭に
「覚悟の程は確認しましたよ。むしろ私が叱られましたがね」
「叱られた?」
「城内にいたって、さんざん恐ろしげな音を聞いているし箭も弾も飛んでくる。今更、何を言っているのだ。少々前に出ていったところで大差はない。いや、窮屈なところで縮こまっているより、体を動かして時をやり過ごすほうがずっと怖くない」
「道理だな。籠城を決めた時点で、俺はたくさんの
路世忠は笑い飛ばした。
「伯洌将軍や趙家軍を責めるほど、襄陽の民は卑屈でも貧弱でもありませんわ。私ども茶商がこれほど強力に武装しておるような、そんな土地柄ですよ。襄陽は、まさに
趙淳は、何か気の利いたことを言おうとした。だが、どうも疲れている。謝罪の言葉が口を突いて出ようとするばかりだ。勝てなくて申し訳ないなどと、路世忠たちは聞きたくもないだろう。
人員の配置図を確認するふりをして手元に目を落としながら、趙淳は当たり障りのない言葉を見付け出した。
「敢勇軍が味方でよかったよ」
路世忠が頭を下げた。
「そう言っていただけると嬉しゅうございますな」
城内の明かりが消えることのない夜更けだった。空の隅で白い星が一つ輝きながら流れ、堕ちた。
鮮やかな
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