第6話 遊ぶぅ? それは生きるという事なのですぅ

 街道近くを堂々と闊歩する獣がいた。


 その彼の名前はビックボア。別名、イノちゃんと呼ばれたりする猪のデカイヤツと認識でいいものが、やや興奮気味に鼻息を荒くしていた。


 丁度、繁殖期、恋の季節らしく気が立ってる事と食欲旺盛な状態で一番手が付けられない時期であった。


 ゴブリンであれば一撃必殺の体当たりなどで敵じゃない程の強さを誇っていた。


 まるで王者の如く歩く彼であったが、今日はここに近づいてはいけなかった。


 何故なら、飢えたピンクの獣が涎を垂らして遠くから視認するとスニークスキルを発動させて近寄ってきているからである。


 そう、世の中、焼肉定食、もとい、弱肉強食の理からは強者の彼、ビックボアも逃れられない、彼はピンクの獣には勝てない。


 もう背後に忍び寄る事に成功しているピンクの獣の支配領域に置かれ、彼は自然の摂理に準じた。







「がうぅ、がうがぅ♪」


 山の近くで野営している場所でアリア達が寝床を作ってるなか、ミュウが上機嫌で大きな猪を杭のようなものを突き刺して焚き火でグルグルと楽しげに廻していた。


 寝床の準備をしていたアリア達であったがミュウが焼く猪の香ばしさに思わず手が止まり見つめる。


 ついにミュウに続いて食い意地の張ったレイアがミュウの傍に駆け寄る。


「すげーデカイ猪だな? 見つけるの大変だったんじゃないか?」

「そうでもない。街道の傍を呑気に歩いてた」


 レイアに答えるミュウは「コイツは馬鹿。でも肉は良い肉!」とガゥガゥと笑うのにレイアもミュウを称えるように背中を叩きながら笑う。


 何やら果物の汁を猪にかけながらアリア達に顔を向ける。


「肉はミュウに任せろ。寝るとこ任せた」

「「「「はーい」」」」


 嬉しそうに返事をするアリア達は作業に戻る。


 レイアは重い荷物を運ぶヒースを手伝う為に近寄ると嬉しそうなヒースがレイアに作業しながら話しかけてくる。


「楽しみだよね? ミュウのアウトドア料理って妙に美味しくてクセになるんだよね」

「だよな? 別にミュウは料理ができない訳じゃないけど、アウトドアになると別格だな!」


 ウンウンと頷く2人の背後にやってきたアリアがミュウの方向を見ながら呟く。


「秘密のスパイス」


 アリアの呟きを聞いた瞬間、ヒースとレイアが固まる。



 『妙に』 『クセになる』 『秘密のスパイス』



 この3つのキーワードが過った2人には不吉な予感しかしない。


「そういや、さっきミュウがかけてたのって何だ?」


 遅れて合流してきたスゥを見つめるレイアが先程、近くに居る時にかけていたものを思い出し口にする。


 4人は見つめ合う。


 目で少女達3人がヒースに目配せする。


 それだけで何を要求されているか分かる程度に親しくなっている訳だが、今日は嬉しくないヒースであった。


 溜息を吐いたヒースが意を決して楽しそうに猪を焼くミュウに声をかける。


「ねぇ、ミュウ? さっきかけた汁は何?」

「美味しい果物」


 要領を得ない返答をされて困ったヒースがアリア達の方向に顔を向け、撤退指示を求めると却下される。


 諦めたヒースは再び、前を向くと再度チャレンジする。


「えーと、その果物の名前は?」

「美味しい果物」


 鉄壁の守備を見せるミュウに押され気味のヒースは再び振り返り、今度は救援依頼を出す。



 『僕だけでは手に負えません』



 身ぶりで必死に伝えるが3人の少女、司令官達の指示は無情に『神風』であった。


 トホホ、と泣きそうになりながら、友、ダンテが傍にいない事を痛烈に悲しく思うヒース。


 いたら少なくとも、擦り付け合う相手、もとい、分かち合う相手がいたからだ。


 ヤケクソ気味になるヒースが直球で聞く事にした。


「ミュウ、それは体に悪いモノじゃないよね?」

「当然!……量を間違わなければ……」


 最後に聞こえ難いようにボソッといった言葉を聞き逃さなかった4人は慌てて、ミュウが握り締める果物を奪う為に動き始める。


 取る、取られないと必死な子供達ではあったが、傍目から見れば、楽しそうに遊ぶ少年少女にしか見えない。


 いつも過酷な依頼を処理をするなかでの、ちょっとした戯れの時間を過ごす5人であった。






 一夜明けた、次の日の早朝、狩りに来ていても早朝訓練を欠かさないアリア達ではあったが、今日は獲物や採取できそうなモノの群生地を下見がてらにマラソンをしていた。


 軽快に走るレイアがみんなに話しかける。


「植物は肉の後に集めようぜ? 腐るの早いしよ」

「それで問題ないの。肉は香草や燻製にすれば長期間持つけど、果物とかは本当にすぐ駄目になるの」


 血抜きの仕方次第ではスゥが言うような方法を取らずとも意外と長持ちする。


 走りながら手を上げるヒースが要望を伝える。


「僕は川魚も持って帰りたいかな? 海のはザガンでも良く食べたけど、こっちにきて川魚を食べ始めて好きになったんだ」

「任せろ、ミュウ、川魚の処理も上手い」


 ザガンは砂漠地帯であったせいで近くに川は無く、川魚など食べる機会がなかったヒースは至って気に入っていた。


 沈黙を保っていたアリアが最後を纏める。


「じゃ、私とレイアとスゥで狩り。ヒースは川で釣りを。ミュウは持ってきたモノを捌く。これでいい?」


 頷くみんなを見て満足そうにするアリアはミュウを見つめ、告げる。


「ミュウはツマミ食いはホドホドに」

「ツマミ食い違う! それは毒見」


 隠す気があるのかないのか分からないミュウに苦笑いを浮かべる4人は、もう少し走り切るとアリアが考えた配置通りに動き始めた。




 しばらく各自の仕事に専念した子供達はお昼の時間になり、集まった。


 お昼を食べるヒースが釣りをしている時に見つけたモノのみんなに話して聞かせていた。


「そういえば、釣りをしてる時に気付いたんだけど、滝の裏に洞穴か洞窟か分からないものを見つけたんだ」

「へぇ~、滝の裏にそんなのできたりするんだ?」


 ヒースが釣ってきた魚に塩を振って焼いただけのものをかぶり付くレイアは興味を覚えたようでヒースの話にのる。


「よく熊がいる」


 ミュウがいうには川の魚をエサにする熊が棲みつく事があるそうだ。


「そして、熊……結構、美味しい」


 ミュウの言葉に3人の少女の瞳が妖しく輝く。


「ミュウが美味しいと言うから本当だろうな~」

「そういえば、お城に居る時に珍味だと聞いた事があるの」

「知らないより、知っておいた方がいい事は多い」


 3人ははっきりとは言わないが要望がはっきりヒースに伝わっているので苦笑いを浮かべる。


「えーと、じゃあ、昼一にいるか見に行ってみる?」

「しゃーないな! ヒースがそう言うならな?」

「予定の調整が大変そうだけど、ヒースの我儘もたまには聞いてあげないと駄目なの」

「ヒース、ワンパクさん」


 ヒースは、もう好きに言って、と思いつつ、ダンテの帰還を一日千秋の想いで願う。


 今、1人で苦しみを背負うような気分でいるヒースであるが、ダンテはヒースが合流するまでの6年間、たった一人で耐えた猛者であることを忘れていた。


 そして、食事を済ませた、みんなはヒースの先導で滝の裏にある洞窟を目指して歩き始めた。

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