第23話 ん? ソースの香りなのですぅ、これはオヤツ?

「ああっ!! ホーラやんか、おひさぁ~、聞いたってや、ウチ等が苦労して海をドンブラッコと渡ってやっとの思いでやってきて、古代技術の情報捜しとったら「知ってる」って言うヤツに金払って着いて行ったんや。あっ、ホーラ、デコ広くなった? 分かっとる、分かっとる、カチューシャやろ? いつものボケやボケや、まあそれはええんやけど、着いて行ったら、これがまた、路地裏でぎょうさんの人にお出迎えされて身ぐるみだけでのぅって体まで……およよ、長い船旅をして……そういや、ホーラと会うのも1カ月ぶりぐらいやったっけ?」


 イーリンの早口のマシンガントークなうえにアチコチに飛び回る会話に頭痛を覚え始めるホーラは頭を抱えながらアリアに手を差し出す。


「んっ」


 頷いたアリアが襟首の所から手を突っ込み、引き上げると巨大なハリセンを引っ張り出す。


 それを手渡すのを目を剥き出しにするヒースが「なっ! なっ!」と声にならない呟きと共に指を差すのを見てダンテがヒースの肩を掴む。


「あっ、見るの初めてだっけ? 良く理屈は分からないけどね、シホーヌさんから学んで出来るようになったらしいけど、出来るのホーラさんとアリアだけだから」


 早めに受け入れるといいと、諦め口調でヒースに告げる。


 剣呑な雰囲気を撒き散らすホーラが巨大なハリセンを持った事に気付いた様子を見せないイーリンは撃たれた銃弾を紙一重で避ける演技で白熱しており、反り返って避けて体を戻すタイミングに合わしてホーラは巨大なハリセンをイーリンの顔に叩きこむ。


「ぎゃぁ!」


 イーリンが潰れたカエルのような声を上げて、まさに引っ繰りカエルといった格好をするあたりに芸人魂を感じる。


 ご丁寧に四肢をピクピクさせた後、飛び起きる。


「痛いやんか! これからウチが活躍するところやったのに!」

「そんなくだらない事はいいさ? アタイが質問に答えな。なんでアンタ等がここにいるさ?」


 もうちょっとで終わると言って続きをやろうとしたイーリンにホーラが肩を叩いていた巨大なハリセンを振り被ろうとするのを見て「ちゃんと話すさかいに!」と慌てる。


「ホーラ、アンタ、前より気短くなっとらん?」


 ブツブツ文句を言うイーリンは2回目の演技に入るらしく、胸の所で神に祈るように手を汲み、明後日の方向を見ながら説明に入る。


「あれは陽も登ってない早朝。慎ましくも穏やかな生活を送ってたウチ等に起こった事件の話なんや……」


 面倒な空気を察知したホーラが隣に立つアンに告げる。


「通訳、頼むさ?」


 イーリンにまともに話させるのを諦めたホーラがアンに頼むとコクリと頷かれる。


「徹夜で実験して爆発させた早朝。怒鳴り込むようにやってきたリホウからされた話」


 アンの説明を聞きながらイーリンを見つめているとどうやら次のステップにいったようで悲劇のヒロインが過去を振り返り、涙を浮かべる演技を始める。


「細々とでも幸せだったウチ等にあの人の情を忘れた男は嫌がるのを無視して家から連れ出したんや……」

「爆発させる度に詫びに出るリホウの身になれと怒鳴られ、丁度、奉仕作業で人手が足りないから、普段の謝罪も兼ねて参加しろと襟首を掴まれて引きずり出された」


 ホロリと涙を流すイーリンをダンテとヒースは、こんなくだらない事でも女の人は泣く事ができるんだ、と見なかったら良かったという絶望に包まれる横でホーラが「それで?」と続きを促す。


「連れ出された場所はゴミ山の前で茫然とするウチは守らなければならない知識の塊を発見したんや。ウチは体を張って守った……褒めんでもいいで? 科学者として当たり前やさかい」

「ゴミの分別をしろ、と言われて連れてこられた場所の片隅に古本が積まれてるのを発見した私達は分別をそっちのけに目ぼしい本がないか物色を始めた」

「さ、さすがなの駄目な人達トップ3に君臨し続けるだけはあるの……」


 慄くスゥを無視したイーリンが目をキラキラさせて懐から日記帳のようなものを出すと掲げる。


「そして、ウチは発見したんや。見た瞬間にビビ! ってきたんや!」

「ザガンに失われた技術がある、と書かれた本を発見して奉仕作業してる場合じゃないと慌てて旅支度した」


 掲げている本を奪うホーラは中身を眺め始める。


 書いている字は大人と思われる流暢な字であるが、書いてる内容は子供の妄想日記、分かり易く言うなら黒歴史確定の禁書のようであった。


「ウチ等は追手から逃げてやっと思いでザガンに到着した、という訳や?」

「リホウに見つからないようにコソコソと正規の方法で行く訳にいかないので密航してきた」


 溜息を吐くホーラが持つ本を横から見るダンテが首を傾げる。


「あれ? この字、どこかで見た事があるような?」

「書いた相手が誰でもいいさ。普段なら頭が痛い事態であるが今回は助かったさ。イーリン、アン、その失われた技術にはアタイ達が心当たりがあるさ?」

「えっ!? ほんまに? おおきに!」


 喜んで飛び付こうとするイーリンのデコに本の背表紙を叩きこむと「うぉぉ!」と呻き声を上げてしゃがみ込む。


「教えてやる代わりに研究は後廻しにして修理をマッハでやるさ? いいね? アタイは本気さ?」

「あたた……分かった、分かったって……何があったか知らないけど、だいぶ気が立ってるね。後、デコを狙ったのワザとでしょ? ウチにデコ広いって言われたから?」


 また本を被り振ろうとするホーラを必死に止めるイーリン。


 そんなこう着状態を眺めるアンが辺りを見渡して首を傾げ、近くにいたアリアに質問する。


「テツは?」

「テツ兄さんは……」


 土の邪精霊獣に取り込まれた話をすると一瞬、目を見開いたがすぐに通常に戻るアンは気楽に答える。


「まあ、テツだから大丈夫でしょ?」

「なんでそう思うんだよ?」


 訝しげに問うレイアにアンは気負いのない声でサラリと言ってのける。


「だって、私達の実験で『絶対、死んだ!』と思った事、何度もあったけど自力で走って逃げれるテツが死ぬとか……ないない」


 手を左右に振って有り得ない、と語るアンをアリア達は恐怖の眼差しで見つめるが、テツの生命力が自分達が思う以上と分かり、何故か少し安堵したアリア達であった。







 出戻りをして『試練の洞窟』に戻るホーラ達はイーリン達に今、置かれる状況を説明していた。


「なるほどねぇ、それでウチに修理を頼みたいと?」

「ああ、だから、アンタ達に会えたのはラッキーだったさ……だから分かってるさ?」

「ああ、趣味に没頭するのは、テツを救う算段が出来てからと言う事だな?」

「ちょっと待ってね? 修理は百歩譲って有難いけど、趣味に没頭するってどういう意味? 本当の体を失ってから、ここの全てが僕そのものだからイジられた困るんだけど?」


 最下層である地下51階の部屋にいるマサムネを前にしてこれから行われる事を相談されて当の本人であるマサムネが困っていた。


 当然のように無視するホーラ達。


 北川家の女性陣はとても図太いので流す事を知らなければ疲れる事をマサムネは当然知らない。


 舌舐めずりするイーリンは袖などないのに捲り上げるようにする。


「じゃ、さっさと面倒な事を済ませてお楽しみタイムと洒落込むでぇ!」


 そう言うと目の前の鉄板を剥がしにかかり、それを見て右往左往するマサムネにマイペースなアンが問う。


「修理する為の部品がないのだろう? 作り直すから材料などはどこだ?」

「えっ? ああ、この子に案内させるから着いて行って、ってそこは関係ない場所だから開けないで!!」

「そっか、そっか! ここは後のお楽しみやな~」


 小さいネズミのような玩具が現れるとそれに何の疑問も感じてないように着いて行くアンに開けていいとも確認せずに手当たり次第に開けていくイーリン。


 涙目のマサムネがホーラに縋るように見つめる。


「なんとかしてよ、アレ!」

「イーリン、アン! しばらくしたらまた顔を出すさ? しっかり成果出しなよ?」

「「はい、はい」」


 多少の違いはあれど、気楽に答える2人と「ええっ!!」と絶望するマサムネ。


 そんなマサムネに同情するようにダンテが近寄る。


「今、人を選ぶ余裕がないんです……だから、ねっ? 犬に噛まれたと思って?」


 そう言うダンテの後ろでミュウが面白がって、ガウガゥと吼えてみせると泣き崩れるマサムネの声を殺した泣き声が地下51階に静かに響き渡った。

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