第11話 信じられないモノを見た? きっと幻覚なのですぅ

 ホーラが子供達の背後で仁王立ちしながら見つめる前方ではテツとカラシルが対峙していた。


 テツに壁に叩きつけられたというのに、足を滑らせて尻モチを着いた程度に感じで立ち上がったカラシルを眉を寄せて舌打ちする。


「どうやら人間、辞めたクチのようさ。テツっ!」

「はい、分かってます。以前のヤツとは比べ物にならないのは!」


 その言葉と共に飛び出したテツは真正面から斬りかかる。


 テツの動きに合わせて伸縮性がある腕で叩き潰すように殴るカラシルであるがヒットした瞬間、空を切ったように地面を叩いて陥没させる。


「――ッ!!」

「遅い、もう内側だ!」


 ギラリと赤い瞳の輝きが軌跡を描く。


 一閃したようにしか見えない剣戟でカラシルの胴体に×に斬り付けると再び、壁に叩きつけ突き破り、今度は隣の部屋へと吹っ飛ばす。


 起こる土埃の先を睨むテツの背後でホーラにスゥが問いかける。


「テツさんが言ってた以前の、というのは何の話なの?」

「ああ、丁度、アタイ等がアンタ等ぐらいの頃の話さ。テツと一緒にリホウから振り分けられた仕事にある研究施設の研究員の確保、もしくは始末というのがね。そこでそこの責任者を追い詰めた時、自分に注射器を刺したと思ったら全身鱗を纏った化け物になったさ」


 竜人、魚人にも見える化け物に化した研究員と戦ったホーラ達であったが、戦闘技術こそ皆無であったがパワー、スピードが2人を凌駕して苦戦したらしい。


 しかし、急激な変態だった為か自己崩壊を始めて終わるという締まらない展開になったようだ。


 ホーラは命令待ちしている異形の化け物を顎で示す。


「まあ、アレが雑魚に思えるぐらいには強かったさ」

「えっと、つまり同じ年頃のホーラさん達より僕達はダメダメだ、という事になるんですね?」


 悲しそうに遠い目をするヒースにレイアが「ホーラ姉がおかしいだけ」と言うと同時にレイアの背後から襲いかかるプレッシャーに震える。


「何か、言ったさ?」

「ごめんなさい!」


 今度はレイアが泣きそうになりながら身を震わせる。


 ホーラとテツの登場で精神的なゆとりを取り戻したレイア達であったがカラシルと向き合うテツには一切の油断はなく睨み続けていた。


 パラパラと天井から落ちる瓦礫の中から土埃に塗れたカラシルが現れる。


 テツを称賛するような笑みを浮かべながら服に着いた土埃を払う。


「いや~、驚きました。お強い、私はとっくに人を凌駕して、かの有名な『救国の英雄』を除けば……おや? 白髪、アルビノエルフ……そして、そこのお嬢さんとのコンビ……」


 ホーラとテツを交互に見つめるカラシルが眼鏡を押し上げ、笑みを浮かべる。


「貴方達が『戦神の秘蔵っ子』のホーラとテツですか。お噂は聞き及んでおりましたよ」

「そっちを言ってくるのは久しぶりに聞いたさ? 古い二つ名さ、アンタ、どれだけ外の事に興味がないさ?」


 ホーラに毒を吐かれて、耳が痛いとばかりにおどけるカラシル。


 何やら納得した様子でアリア達を見渡す。


「この子達の兄という事は、この子達は『救国の英雄』に育てられた子供達ですか、道理で普通ではなかった訳です。『救国の英雄』は強いだけの男ではなかったということですか」

「複雑なの。ユウ様をあの強さだけみたいに思う人がほとんどなのに、こんな頭がおかしい人があっさり理解してしまうなんて」

「ただのおかしい人じゃなくて、自分でおかしくなる事を容認しておかしくなった人だからだろうね。事実だけを受け止める」


 スゥの言葉にテツがそう答えると目を細める。


 右手を横に広げて背後にいるホーラに声をかける。


「ホーラ姉さん、何やら仕掛けてきます。アリア達を下がらせてください」

「あいよ、下がるよ、アンタ等」


 そう言って下がるアリア達の中でミュウが頑として動かないのを見て、アリア達はどうしたものかと顔を見合わせる。


 ミュウの心情を理解するアリア達にはどうしたら、と思っているとホーラがミュウの背後に歩いて行く。


「アタイの言葉を無視するなんて、いい度胸さ? この耳は飾り?」

「がぅ!? キャイン、キャイン!!」


 ミュウの頭部にある可愛らしい耳を遠慮なく両手で鷲掴みにするホーラは激しく泣くミュウを無視して引きずり出す。


 悲しげなミュウの遠吠えと泣き声を聞きながらアリア達は身を寄せ合って震える。


「お、鬼だ……」


 ダンテがそう呟く。


 まさにアリア達の総意であった。


 その小さな呟きを聞き逃さなかったホーラがダンテに言う。


「ダンテ、連帯責任でアンタもフルコースに参加、OKさ?」

「ええ、そんな理不尽なっ!?」


 愕然とするダンテにヒースが声をかける。


「僕はダンテを信じてたよ!」

「何を!?」


 アリア達にも優しく肩を叩かれるダンテは耳を摩って半泣きのミュウ以外に微笑まれる。


 場を弁えずにワイワイする子供達に呆れた溜息を吐いた後、ホーラはテツの様子を見る。


 丁度、テツが再び、特攻するところでカラシルは普通の方法ではテツを捉えられないと判断したようで守りに入る様子を見せていた。


 テツの乱打を両腕で弾きながら分析するように見つめるカラシルに気持ち悪さを覚えるホーラ。


 どうやら、見られてる当人、テツも同じ思いのようでガードを突き抜けさせて脳天から叩きこむ。


 地面にめり込むカラシルであるが、すぐに起き上がり、たいしたダメージはなさそうであった。


「困ったな、戦闘技術に開きがあり過ぎて、このままだと万が一がありそうだ。できれば使いたくなかったが仕方がない」


 そう言った瞬間、カラシルの存在が爆発的に跳ね上がる感覚にホーラとテツは襲われる。


 テツは身構え、ホーラは振り返り、まだ気付いてないアリア達に叫ぶ。


「逃げろ! アタイの想定以上の相手だったさ! アンタ等がいると足手纏いになる!」


 いきなり叫ばれて硬直するアリア達を見逃さなかったカラシルが指を鳴らすと異形の化け物が一気に呼びだし、退路を塞ぐ。


「失敗作ならまだまだいますよ! 2人の足枷として逃がしません」


 そう言うと同時にカラシルの左腕の皮膚の下に蛇が活動するようにうねり出す。


 うねりが酷くなると肌が黒く、鱗が生まれ、左手の部分が蛇の頭のように変態する。


「まさか、アンタが変態する薬を作った!?」

「ええ、さっき仰ってたのは、きっと実験用にばら撒いた私の薬でしょうね? 残念ながら失敗しました。未だに完成に行き着いてない。恥ずかしい限りです」


 蛇を生み出してから表情に余裕が少なく、額に汗を滲ませるカラシル。


 本人が言うように未完成品を使っているから体に負担があるようだ。


「そう言う訳で合理的に戦わせて貰います」


 そう言うとカラシルは目の前のテツを無視して、逃げれなくなっているアリア達に左手の蛇を振る。


 カラシルの左手の蛇から毒々しい液体が一斉に吐かれ、アリア達を覆い尽くすように飛ぶ。


 悔しげな表情を浮かべるホーラとテツがアリア達の前に飛び出す。


「唸れぇ!!」

「込めるは『爆裂』!!」


 テツは梓を大きく旋回させて青い竜巻を発生させ、ホーラはパチンコに込めた爆裂をカラシルが吐き出した液体にぶつける。


 ぶつかり合った衝撃で煙が発生してアリア達が咽る。


 ゆっくりと煙が晴れだしたが、すぐに強い風に吹き飛ばされる。


 そこには計算通りと言わんばかりに笑みを浮かべるカラシルと片膝を着くホーラとテツの姿があった。


「やはり思った通りにその子達を庇う為に前に出ましたね。貴方達だけであれば、あっさり避けてしまったのでしょうが?」

「くぅ!」


 立とうとして立てずに悔しくて声を洩らすホーラ。


 だが、テツは震える足を叱咤して梓を杖にして立ち上がる。


「テツ兄ぃ!!!」


 レイアがそう叫ぶとアリア達も口々にテツの名を呼ぶ。


 テツが立ち上がったのを見てカラシルは驚く。


「本当にビックリさせられ通しです。この麻痺毒を受けて立てる人がいるとは思ってませんでした。どんな精神力してるのですか?」

「け、決して、弟や妹に手を出させやしない!!」


 立ってるのがやっとなはずのテツの気迫に思わず、カラシルが1歩、2歩と後退する。


 自分がした行動が理解できなかったらしいカラシルが首を傾げる。


「何故、私は後退した? そちらに行こうとしてたはず……ん?」

「見つけたぞ?」


 アリア達の背後から声がすると退路を塞いでた異形の化け物が草を刈るように野太刀で一閃される。


 された向こう側から左肩に野太刀を載せる武士装束姿の長身の老人が現れる。


 右腕を外に出している為、胸元から見える肉体は老人のモノとは思えない絞られた筋肉が見え、口許には獰猛な笑みを浮かべる。


 長い白髪をチョンマゲのように縛る老人はいきなりの登場で固まるホーラ達を無視して目を点にするカラシルに右手を突き出す。


「ほぉれぇ」


 ネズミをいたぶるネコのような表情をする老人の右手から水が生まれ、ある生き物の形になる。


 それを見たホーラ達が心臓を鷲掴みにされる衝動に襲われる。


「あ、あれは……」


 震える声音で呟くホーラは目を大きく見開く。


 老人の掌から生み出されたのは水で作られた龍であった。


「オトウサンと同じ!?」


 そう雄一を彷彿させる水龍を老人が生み出したのだ。


 歯を見せて笑う老人が目を細める。


「おっちんでくれるなよ?」


 その言葉が引き金のように飛び出す水龍はカラシルに襲いかかる。


 防衛反応か左手の蛇が水龍からカラシル本体を守るように射線上に飛び出す。


 しかし、まるで紙を突き破るように粉砕する水龍。


「なっ!?」


 カラシルのその声と共に吹き飛ばされる。


 瓦礫に埋まるカラシルが体を震わせ、吐血しながら立ち上がる。


「な、なんだ、この冗談のような威力は……」

「おおぉ、殺さずにと思っとったら手加減し過ぎたか?」


 圧倒的な力の差を見せられて愕然とするカラシルを小馬鹿にするように、失敗したと笑い出す老人。


 カラシルは武人ではない。


 だが、この老人に勝つ見込みがないと判断できるだけの材料は揃っていたので、すぐに行動を始める。


 右手も同じように蛇にすると天井に大量の液体を吹きつけると溶かしていき、空が見える。


「勝算のない戦いと不確定要素は無視しない主義だ。逃げさせて貰う」

「しまった、遊び過ぎたかの」


 野太刀を構える老人であったが、それより先にカラシルにしかける存在がいた。


 ミュウである。


 みんなの意識が老人に集中した瞬間、気配を消してカラシルに近寄っていたのだ。


「パパ、ママの仇!!」


 短剣を両手に持って旋回して襲いかかるミュウであったが、防衛反応で動いた右手の蛇に吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。


「キャイン!」


 ミュウの悲鳴に我に返ったアリア達がミュウの下に走る。


 その動きに合わせるように老人がカラシルに接近するがカラシルは右手で老人を牽制して犠牲にする。


 それで生まれた僅かな時間が勝敗を分けてカラシルは作った穴から飛び出す。


「逃がさんわ!」


 カラシルを追おうとする老人にホーラが叫ぶ。


「待って、アンタに聞きたい事があるさ!!」


 そう叫んだホーラの声は届いているはずだが、まったく反応せずに老人はカラシルを追って穴から飛び出して姿が見えなくなる。


 項垂れるホーラと放心するテツは穴を見つめて固まる。


 アリア達は老人も気になるが気絶するミュウも気になると訳が分からなくなっていた。


 ホーラは地面を拳で力一杯叩く。


「何がどうなってるさ!!」


 それはこの場にいるものが全員が思い、命を拾った事すら他人事のように受け止めてしまうホーラ達であった。

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