幕間 それぞれの居場所

 薄暗い部屋に1mもあろうかという水晶を覗き込む雄一の複製の姿があった。


 ジッと見つめる先にはアリア達が砂漠を走らされている姿が映っており、それを眺める雄一が苦しそうに胸を掻き毟る。


「どうして、このガキ共を見てると胸がざわざわする。俺にはオリジナルの記憶はないはずなのに……」


 苦々しく呟き、アリア達を殺そうとした時に襲いかかった説明が出来ない竦みが起き、致死性の攻撃が出来なかった事を思い出す。


 アリア達の事も創造主であるカラシルとその力を与えた『ホウライ』から聞いた情報以上のモノはないはずであった。


 複製の雄一はオリジナルの雄一が子煩悩だとは聞かされていたが、それはあくまでアリア達と思い出があってこそで自分に影響があるとは思ってもいなかった。


 だから、今の自分は正常ではなく、創造主であるカラシルに検査をして貰った後、処置して貰うのが正しいと理解していたが……


 水晶をジッと見つめていると背後に近寄る気配に気づき、アリア達が映し出されていた映像を消す。


 振り返ると丸眼鏡を付けた男が白衣のポケットに両手を突っ込んで雄一の下へとやってくる姿を捉える。


「こんなところにいましたか、ツヴァイ」

「いたら悪いのかよ、カラシル」


 心情を読まれないにするように眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔をする雄一、もとい、ツヴァイは近寄ってくるカラシルを腕を組みながら待つ。


 心を分析されないようにしてたのにも拘らず、カラシルにまったく興味を持たれなかったようで無警戒に隣に立たれる。


「聞きましたよ? 双子の娘を始末しそうになったそうですね? かろうじて斬りつける前に思い出してくれて止めてくれたようですがね」

「……ああ、双子の方だったか……ガキの女とは覚えてたが特定出来ずに手間取ってる内に不覚を取っちまった」


 ヒースに斬られた辺りの胸を押さえながらツヴァイがそう言うのをカラシルはウンウンと頷き、疑う様子も見せずにツヴァイの背中を叩く。


 どうやら、ツヴァイの言葉に全幅の信頼を寄せているのか疑う様子も見せないカラシルに見えるが、ツヴァイは知っていた。


 カラシルは研究、それに付き纏う出来事以外に向ける興味はほぼ皆無であった事に。


 ツヴァイの言葉を嘘と思わない様子に内心、ホッと胸を撫で下ろす。


 勘違いにしろ、気にしてないにしてもバレてない内に話を進める。


「それで俺は次はどうしたらいい?」

「ふむ、緊急性のある仕事はないのでね……しばらく好きにしてていいよ」


 必要になったら呼ぶと言われたツヴァイは「了解」と気楽に答えてカラシルがきた方向に向かって歩き出す。


 ツヴァイが離れていくのを見送るとカラシルもツヴァイに背を向けるように歩き始めた。







 先程、ツヴァイがいた部屋とはまた違う場所。


 突起した岩の上に腰を降ろすモノがいた。


 ソードダンスコミュニティ創始者の1人であり、ヒースの父親でもあるノースランドの体を利用する『ホウライ』であった。


 全身に汗が浮かび上がり、体から発する熱が汗を乾かすように湯気を上げる。


 乗っ取りが済んでない状態でアリア達と遭遇し、疲弊したところをザバダックの捨て身の攻撃により大打撃を受けた『ホウライ』は身も心もボロボロにされていた。


 そんな回復に専念したい『ホウライ』であるが、この機を逃さないとばかりに本来の体の持ち主のノースランドが体の支配権を取り戻そうとしてくるものだから一向に回復に専念出来ていなかった。


「いい加減に諦めろ……っ!」

「ふふふ、だいぶ苦労しておるなぁ?」


 ノースランドに悪態を吐く『ホウライ』に語りかける女の声がする。


 その声を聞いた『ホウライ』は顰めっ面をするが女の居場所を探そうとはしない。

 実際に辺りを見渡しても姿などありはしない。


「まったく予定が進んでおらんようだなぁ。お前はそれが限界か?」

「……」


 沈黙する『ホウライ』に嘆息する素振りを感じさせる吐息を洩らす女に何も言えない代わりに体が発する熱が上がる。


「あたしゃ……次でもええよ? お開きにしよっか?」

「待て!……私はまだいける! お前にとっても今回で願いが成就するのであろう? もう少し様子を見ておれ!」


 語気を荒らげる『ホウライ』に女は苦笑を洩らす。


「ええよ。後ちょっとだけ待ったる。急ぎぃや?」

「まだ話は終わってない。アレをもう一度、私に貸せ」


 『ホウライ』の言葉によりその場の空気が一気に温度が下がる。


 見えない女が発する威圧が高まり、体感温度だけでなく『ホウライ』の体に浮く汗が氷始め、吐く息も白くなる。


 今度は露骨にはっきり分かる溜息を吐く女。


「簡単に言うなぁ? そう、ホイホイと貸し出せるもんじゃないんや……はぁ、後1回だけな? 出すのに時間かかるのは知っとるやろうけど、それまでちゃんと生きときなぁ?」

「ああ、分かっている。それまでに邪精霊獣の力を取り込んでおく」


 簡単に言う『ホウライ』に呆れるように女は溜息と分かるように音を鳴らすとこの場から離れていく。


 女の気配が完全に消えるのを待っていたのかと問いたくなるタイミングでカラシルが現れる。


 真意を探るように威圧を込めてカラシルを睨む『ホウライ』であるが、睨まれる当のカラシルは涼しい顔をして近寄ると『ホウライ』の傷の様子を確認し始める。


「良く生きてますね。自己修復が全く出来ないほど弱っておられる。私が作った治癒カプセルに入って貰いましょう」


 そう言うとカラシルは『ホウライ』に肩を貸して立ち上がる。


 『ホウライ』を連れて奥へと進むカラシルの横顔を見る。


「お前は何の為に私に付いている」

「ふむ……私に研究する場所を提供して、何を実験してようと好き勝手させてくれるパトロンだからですかね?」


 屈託のない笑みを見せるカラシルに『ホウライ』は溜息を零す。


 カラシルという男は自分の遊び場を脅かすモノは、正義だろうが悪だろうが等しく敵であり、逆に守り、提供するモノは神であろうが魔王であろうが頭を垂れるべき存在なのがありありと伝わった。


「お前が私の邪魔をせず、力を貸す限り、私はお前の全てを容認しよう」

「有難き幸せ……私にとって居心地が良い場所なので頑張らせて貰いましょう」


 『ホウライ』の言葉を受けて嬉しそうなカラシルに連れられた『ホウライ』は奥へと続く扉を潜ってこの場から姿を消した。

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