第64話 かくれんぼのプロとして見つかる訳にはいかないのですぅ

 ゼグラシア王国を脱出して一件落着といったかのように見えたアリア達は何故か砂漠の真ん中を走っていた。


 普通であれば、すぐにザガンに戻り、マサムネの復活後、次の訓練所の場所を聞き出して出発というところなのだが、王宮の潜入でやらかした事の罰を受けていた。


 当然、調子を取り戻した鬼、もとい、姉のホーラの命令によって……


 なので、走る集団にはホーラとポプリの姿はない。


 クロに乗って先にザガンへと戻っている為である。


 アリアとクロが別行動というのはかなり珍しい。変身すれば10人は人を載せるのも訳ないクロであるが意外と親離れが出来てない。


 そんなクロであったが今回、アリアと別れる時には笑顔で離れていった。





 罰で砂漠マラソンを指示されたと同時にクロを呼ぶホーラとアリアとの間に挟まれた。


 砂漠マラソンを逃れる術は間違いなくクロの存在が不可欠なうえ、ホーラにクロが協力する気になれば邪魔しない、と破格の条件を付けられたアリアは奮闘した。


 ジッとクロを見つめるアリアは熱い想いを込める。


「クロ? ママを見捨てないよね?」


 それにたいして「ピィ!」と鳴くクロにアリアは破顔するが、コツンという音が響き、ビクッとするクロが振り返る。


 振り返った先には暗い笑みを見せるホーラが懐に仕舞った魔法銃を指で1度、2度と叩いてみせる。


「よーく考えな? アタイかママ、どっちを選ぶさ?」


 ホーラを見上げるクロがブルブルと震える後ろ姿に「く、クロ?」と不安が滲み出る声音で呼び掛ける。


 少しするとクロの身の震えが収まる。


 ゆっくりと振り返ったクロが笑みを浮かべて小さな羽根をアリアに振ってみせる。


 それを見たアリアだけでなくレイア達も「えええっ!!」と声を上げるとクロはホーラの方にピョンピョンと跳ねて近寄り、「アッシが姉さん以外を選ぶ訳ないでしょう?」と言ってるように愛嬌を振り撒く姿にアリアは膝を付く。


「クロ、良い判断をしたさ? という訳でアンタ等は1週間でザガンへ帰ってくるように」


 クロを掌に載せて頭を撫でるホーラが言い放った言葉にアリア達は2度目の奇声を上げる。



「ほ、ホーラさん待ってください! ソリで1週間かかるのに……いや、確かに昔、馬車と同じ時間で走らされましたが足場が違いすぎるうえに方向を間違ったら……」


 ダンテが慌てて言い募る。


 以前、勝手に依頼を受けた時の帰りも走らされたがあの時は街道を走れば良かった。そのうえ、足場がしっかりしており、ここと違って砂に足を取られる事もない。


 そんな悪条件が重なるのに同じ事をさせる気のホーラに戦慄を感じるアリア達。


 怯えるアリア達に優しげな笑みを浮かべるホーラは頷いてみせる。


「当然、前とまったく同じ状態にしないさ? 砂で足を取られる、熱に体力を奪われる。アタイも鬼じゃないさ?」


 ホッとするアリア達であるがミュウ1人だけ身を低くして警戒を解かない。


「荷物は全部、クロに運ばせる……身一つで走れ」


 ホーラに言われた言葉が脳が処理してくれなかったらしいアリア達であったがヒースが苦笑しながら「まさか水も食糧も自給自足ですか?」と言われた瞬間、アリア達は再起動する。


 真っ先に動き出したミュウが自分の、そしてみんなの荷物がある場所へ駆けるがその間を阻むように炎の壁が生まれる。


 そちらに目を向けると悪戯っ子な目をしたポプリが笑う。


「ごめんなさいね? ホーラに頼まれたから」

「断ってなの!!」


 スゥが半泣きで言うがポプリにシレっと「ホーラと揉めるのは面倒なの」と流される。


 立ち往生するアリア達にホーラが魔法銃を突き付ける。


「走れ、遅れたら新しい罰を受けて貰うさ?」

「ペチャパイ、オニ、ムネなし!」


 アリアとスゥとミュウが声を揃えて叫ぶ。


 その叫びを聞いたダンテとヒースは口をワナワナさせてホーラを伺うように見るがすぐに目を逸らす。


 本物の鬼がそこにいたからである。


 何故かダメージを受け、膝を付くレイアをダンテとヒースが引きずって、この場から逃げようとする。


 ゆっくりと魔法銃の照準をアリア達に向けるホーラ。


「何やら同じ意味の言葉があった気がするさぁ!!」


 その言葉を引き金に魔法銃をアリア達の足下に放つと吹き飛ばされるアリア達。


 吹き飛ばされたアリア達の姿を見て溜飲が下がったようで肩を竦めるとクロに変身させ、荷物を載せて乗り込もうとするホーラにテツが声をかける。


「今回は俺がアリア達と同行します。方向間違えたり、慣れない砂漠で取り返しがつかない事になるかもしれないので……」

「ふぅ、まったくアンタは……好きにしな。ただ、これは嫌がらせでやってる訳じゃないさ。手は抜かせるんじゃないよ?」


 ホーラの言葉に頷くテツは飛ばされたアリア達を追って走っていったダンテ達を追うようにこの場から走り去る。


 テツを見送るホーラにポプリが近寄る。


「うーん、あの子達の素養に対して地力が付いていってないから罰を与える口実に走らせてるだけかと思ってたけど、それだけじゃないの?」

「まあ、メインはそこなのは間違いないさ」


 そう言いながらクロに乗り込むホーラにポプリも付いていく。


 クロに出発するように指示するホーラは羽ばたきが落ち着くのを待って口を開く。


「訓練所で芽吹いた能力の発現に差を感じてね……今回の土ではダンテとスゥが反応したはずなのに表面上だけとはいえ発現させてるのはダンテのみ」


 飛ぶクロの下を見るとアリア達がホーラ達に何やら悪態を吐いているのが見えるが鼻を鳴らすだけで視線を前に戻す。


「発現に差が出てるのは地力の差なのか、それとも違う理由なのかを知る為にね」


 そう言うホーラを見て「ふーん、良く分からない部分もあるけど結構乱暴な手なのは分かるわ」と言うのにホーラは


「アタイはアイツ等に気合いが足らないだけだと思ってるんだけどね?」

「まあ、いいわ。その訓練所の事を聞かせて頂戴」

「ああ、アタイも話すつもりだったさ。クロの羽根でも1日じゃ行けないさ。分かってる範囲でたっぷり聞かせてやるさ」


 そう答えたホーラはポプリに今、置かれてる状況の説明を始めた。







 ホーラに悪態を吐きながら走り続けたアリア達は陽が暮れ、気温が急激に下がり、強行軍は不味いと判断したテツの指示により野宿をしていた。


 砂漠とはいえ、生物というよりモンスターは沢山いるので食べれそうなのを狩り、食事を取っていた。


 ホーラはいないがいつものメンバーでの食事に思われたが、若干1名、新顔がそこにはあった。


 その新顔をチラチラと見ながら何て声をかけたらいいやらと悩むアリア達に見つめられる少女は意にも返さずにテツの隣でゆっくりと肉を咀嚼していた。


「どうしているの? 一緒に走ってくるから変だとは思ってたけど……一国の王女がここに居ていいの?」


 スゥが困った顔をして問いかけると目を伏せたままの少女、リアナは素っ気なく答える。


「自分の事を棚上げして良く言いますね?」


 そう言い返されたスゥは「ぐぬぅ!」と痛い所を突かれ、呻き声を洩らす。


 どうすればいいか分からなくなってるアリア達に代わってテツが質問する。


「いいのかい? 俺達が出るのに合わせてドサクサに紛れて出てきたようだけど?」

「は、はい! 元々、私には政治的な役割はありません。王家の女は人身御供にされる運命でしたので……精々、生き残れば政略結婚に使われる程度の価値ですので」


 何やら酷く悲しい事実のはずなのに良かったとばかりに笑みを浮かべてテツに告げるリアナにどうすればいいかテツも分からなくなる。


 テツはこういう時、雄一ならどうするだろうと思うと自然に体が動く。


 目の前にあるリアナの頭に手を置くとゆっくりと撫でる。


 それに驚いた様子を見せるリアナにテツは告げる。


「自分の事を『使われる程度』なんて言っちゃ駄目だよ?」

「有難うございます……ですが、本当に良かったと今は思ってます。死んだ父に代わりユウイチ様を父とお慕いし、テツ兄様の話を聞いた時から兄がいない私のお兄様になって貰おうと……」


 指を組んでテツを熱い視線で見つめるリアナにテツは「えーと……」と困った表情を見せる。


 それまで黙ってたアリア達が色めき立ち声をかける。


「グラ―ス国王はちゃんと生きてたの!」

「きっと、それは幻です」


 嘘! と顔を両手で挟んで驚くスゥに代わり、レイアが突っ込む。


「お前の兄ちゃんはデンだろ? ちゃんといるぞ!」

「デン? 誰ですか、その変態の代表のような名前の持ち主は? 私には兄弟はいません」

「本気でいない事にしようとしてる……恐ろしい子!」


 アリアがリアナの心を読んだらしく、リアナの本気ぶりに戦慄を覚える。


 わいわい、と騒ぐアリア達を余所にミュウがこっそりとテツの背後に近づき、耳打ちする。


「オヤツを買うのはミュウだけ。これ大事!」

「……いや、買うのが当然みたいな流れを作った覚えはないんだけど? はぁ、まあ、それはともかく、みんな、明日もあるから食べ終えたんなら寝て体力を回復させる。分かった?」


 テツにそう言われたアリア達は渋々ではあるが返事をすると思い思いに寝っ転がり寝る体勢に入る。


 すると、すぐに可愛らしい寝息が聞こえ始める。


 元々、寝付きの良いアリア達であるがさすがに砂漠で走るのは酷く疲れたようで眠りに就くのが早かった。


 そんなみんなを見つめながら焚き火に木をくべるテツに一緒に横にならなかったヒースがやってくる。


「僕はここで失礼します。師匠に終わったら戻ってくるように言われているので」

「そうか、ゆっくり話す時間が取れなかったな……凄く腕を上げたね。佇まいだけで良く分かるよ」


 目を細めるテツに見つめられて照れるらしく頭を掻くヒース。


 そんなヒースに「その姿の事も聞きたかったけど、今度、聞かせて」と言われてヒースは頷く。


 ヒースは背負う大刀をチラリと見た後、少し残念そうに呟く。


「僕自身も腕を上げたという自覚はあります。ですが、僕が理想とした成長はテツさんのように手数を増やして縦横無尽に戦うスタイルに憧れてました……師匠にお前には向いてないと言われ、どうやら僕は一振りで決めるスタイルらしく……」


 そうヒースに言われたテツは目を見開くと同時に懐かしい記憶が蘇る。




「僕はユウイチさんのように男らしい一撃を!!」




 酷く遠い昔のように思えるが、4年ほど前の自分の言葉である事に寂寥を感じずにいられなかった。


 テツが何とも言えない表情をするのに戸惑うヒースの様子に気付き、テツは苦笑いを浮かべる。


「なかなか自分の理想通りにいかないものだね……むしろ、叶わない願いだと自分で気付いてるから憧れるのか……」

「どういう意味ですか、テツさん?」


 聞き返すヒースに被り振るテツが目を伏せ、黙るのを見て大きく息を吐き出すと立ち上がる。


 テツに一礼するヒース。


「そろそろ、俺、行きます」


 背を向けて去ろうとするヒースの背にテツは声をかける。


「1つだけ教えてくれないか?」

「何でしょう?」


 テツの言葉に振り返ったヒースはテツに向き直る。


「たった一ヶ月で君をそこまで育てた人の名を教えてくれないか?」

「……ごめんなさい。師匠に誰にも名を告げるな、と言われてます」


 申し訳なさそうにペコリと頭を下げて逃げるように去ろうとするヒースに縋るように声をかける。


「分かった! 聞き方を変えよう。その人物の名はユウイチかい?」


 ジッと強い視線をぶつけてくるテツ。


 その視線を受け止めるヒースは逡巡するように目を瞑り、悩む素振りを見せるが閉じた目を開き、テツを見つめる。


 ゆっくりと被り振るヒースは答える。


「いえ、違います……ごめんなさい、これ以上は……」

「ああ、有難う、ヒース」


 礼を言うテツに頭を下げると逃げるようにこの場を後にするヒースの背をテツは見送る。


 見送っていたヒースの背が闇夜に溶け込むようにいなくなるまで見つめていたテツは後ろ手を付いて夜空の星を見つめる。


「まったくの素人、戦いを経験を碌にした事のない11歳の少女と10歳の少年をたった1カ月でオークキングと渡り合えるようにした人がいた」


 8年前、ホーラと一緒に死に物狂いで戦った懐かしい思い出を振り返る。


 今から思えば、酷い戦い方をしたと思うがあの時の自分達では精一杯であったが、それでもテツ達はオークキングに勝利をおさめた。


 そして、アリア達と同じぐらい、いや、正直な見立てを言うとアリア達より少し見劣りしたヒースがたった1カ月でアリア達を飛び越え、偽者とはいえ、雄一と短い時間斬り結び続けられる実力を身に付けた。


 普通じゃ有り得ない。


 テツとホーラが全力で教え、サポートし追い込んだとしても1カ月ではアリア達にかろうじて勝てる、いや、本当の意味で対等な力関係にしてやれる程度である。


 そんなヒースだが、今ならアリア達の総攻撃ですら凌げるかもしれないとテツは見ていた。


 ホーラもその可能性を感じ、アリア達を追い込む目的も込みで砂漠でマラソンという事になったのだろうとテツは判断していた。


 そこまで考えたテツであったが、全ては推測であり、テツの思い込みでしかない事をテツも重々理解していた。


 深い溜息を夜空に吐くテツは呟く。


「ユウイチさん、今、貴方はどこにいるんですか?」


 テツの呟きは焚き火にくべられた木が割れる音に掻き消され、虚空の暗闇の中へと消えていった。




  3章  了

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