3章 砂漠の国の救世主物語

第39話 懐かしい名前? ホルンですぅ?

 真っ暗であるにも関わらず暗闇ではない不思議な空間に足下が覚束ない前進をする男の姿があった。


 その男、偉丈夫で逞しい肉体を染め上げるような赤、血で染まり荒い息を吐く。


 すると、まったく脈絡もなく、見えない何かに吹き飛ばされ、血を舞わせ、縛っていた長い黒髪の紐が千切れたらしく大きく広がらせて地面を滑るように後方に転がされる。


 傍目で見てる限り、死んだように見えた男だったが、震えてる手を付き、ゆっくりと立ち上がる男は顔にへばりつく髪を鬱陶しそうにしながら青竜刀を杖のようにして荒い息を吐く。


 再び、吹き飛ばされた方向へと歩き始め、青竜刀の石突を向ける形で進む。


 まるで、こちらには敵意はない、と宣言するように刃を向けない。


「勝手に入ってきたのは謝罪する。無礼はこちらにあるのは重々承知しているが俺の呼び掛けに応じてくれ」


 荒い息を吐きながらも、しっかりとした声音で男は前方の何もない、いや、男の瞳に捉えている何かに訴える。


 そう呼び掛けの返礼のように先程を同じように吹き飛ばされる男。


 壊れた人形のように吹き飛ばされるが男はまた同じように立ち上がり、また同じように前へと進み、同じように呼び掛ける。


 このやり取りを既に幾千という回数を繰り返していた。


 再び、このやり取りが繰り返されるかと思われた時、男が見つめる先から意志ある声が響く。


「いい加減、諦めよ」


 声をかけられ、驚いた様子を見せる男であるが状況を理解すると薄く笑みを浮かべる。


「やっと……口をきいてくれたな……」

「汝がしつこいのでな、無駄な事は止めよ。我は何も変わらない、不変だ」


 男に語りかけてきたモノに口の端を上げながら答える。


「変わるさ……お前はずっと沈黙を守っていたのに俺の呼び掛けに返事をしただろう?」

「……」


 幾千の数の致死性の攻撃を受け、たったこれだけの変化を得ただけで満足そうに笑みを浮かべる男に何かは今まで感じた事がない感情に揺さぶられる。


 そして、その感情に背を押されるように男の存在まで消すつもりで攻撃を加える。


 しかし、体も残らないように意識して放った攻撃も先程と変わらず、地面を滑らせる事しかできず、男は同じように立ち上がる。


 生きる、という強い意思を感じる獰猛な笑みを浮かべる男が鬼気迫る気迫を放ちながら呼び掛ける。


「俺の……要求は無茶なのは俺自身が良く分かっている……が、それでも頼む。俺の頼みを聞き入れてくれ」


 覚束ない歩みにも関わらず、変わらぬ力強い歩みだと感じさせる男は前を見据えて進む。


 それに反応するように空間が揺らぐ。


 男が見つめる何かは自分を支配する感情が何か考え始める。


 それは自分に裁きを受ける者が強く発するモノに酷似している事に気付くとその正体を理解する。



『恐怖』



 そう、何かが今まで感じた事がない、いや、感情という揺らぎすら記憶にない何かを揺らす男を恐れるように見つめる。


 そして、初めて目の前の男の事が気になりだした何かは正体を探り始める。


 調べるが、確かに普通の男ではないのは分かったが、何かがこれだけ攻撃しても生きていられる理由は出てこない。


 更に調べると何かは遠い遠い過去、何かですら忘れていた地上に下ろした可能性を現すモノを男の中で発見する。



『運命の調律者』



 それを見た何かは、ざわついていた自分の感情が落ち着くのを理解する。


 悠久の時、幾度かこの称号を手にした者は現れた。


 しかし、可能性の芽吹きも見せずに消えていくので何かも何も期待しなくなり忘れて久しい。


 一番、僅かなりとも可能性を示したのは、ある神界の主神ぐらいだが、何かの攻撃を何度も受けて存在してられるほどではない。


 だから、何かは無駄な事をしたと忘れていた。


 しかし、目の前の男は気紛れではあったが信じた可能性が形になって現れていた。


 この男の言葉であれば耳を傾けるのも悪くない、そう考えるが何かが決めた理を変える事にも抵抗を感じる。


 だが、同時に譲歩しようという考えも何かにはあった。


 悩む何かに男は再三、同じ事を言い続けてきた言葉を何かに語りかける。


「俺で出来る事であれば、何でも応じよう。だから、俺の……大事な奴等を許してやってくれないか?」


 その言葉を聞いた何かは落とし所を見つける。


「何でもと、言ったな?」

「ああ、俺自身で収まる事であれば」


 その言葉に何かは、ほくそ笑む。


「ならば、汝は我の……」


 何かが伝えた条件を男は迷いもなく頷く。


 そして、男と何かは契約を結んだ。





 ここは砂漠にある港街、ザガン。


 少し前までは冒険者の街として栄えていた街であったが、『ホウライ』の襲来により壊滅寸前まで追いやられた。


 しかし、1カ月前にテツ達の奮闘により、『ホウライ』を退かせ、漸く、復興が始まっていた。


 そのテツ達は次の訓練所を目指す為の場所を確認するマサムネに会おうとするが、とあるお馬鹿さん達により足止めを食らっていた。


 そう、イーリンとアンである。


 2人を訓練所に放置した事で目を覚ますと同時にイジりだし、訓練所の機能を一部停止させてしまったのである。


 そのせいでマサムネと応答が出来ない状態に陥り、手かがりを失ったかと思われたがマサムネの出力がおかしくなってるだけでマサムネは無事らしい。


 なので、今は鬼の監視役のホーラに睨まれたイーリンとアンが必死に修理中であるが、1カ月経ってやっと修理の目途が立ったところである。


「ほ、ホーラ? 後はアンの部品が完成したら直るから……な、なっ?」

「本当だろうね? 似たような言葉を何度か聞いた気がするさ?」


 今度は間違いない! と力説するイーリンを半眼で見つめるホーラは嘆息する。


「今度は本当であってくれないと困るさ。アタイ達もいつまでも足止めを食らってる訳にはいかないからね」

「まあ、まあ、慌てる気持ちも分かるけど、ホーラ達もすぐに動き辛い理由もあるんでしょ? だって、まだなんでしょ?」


 言い訳がましいような事を言うイーリンであるが、ホーラも痛い所を突かれたと言わんばかりに顔を顰める。


「ふんっ、とはいえ、いつまでも待ってやる義理はないさ。帰ってこないならそれまでのガキだったというだけさ」


 鼻を鳴らしたホーラはイーリンに早くするように伝えるとその場から離れていった。





 ザガンの城壁の外で少年少女が訓練に汗を流していた。


 アリア達である。


 盾を持つ赤髪の少女、スゥとカンフー服を羽織るレイアが実践方式で訓練していたが、スゥは訓練中に関わらず溜息を吐くと盾を降ろす。


 降ろしたスゥが目の前の精彩を欠いているレイアに困った表情で話しかけた。


「もう止めとくの。今のレイアと訓練しても身にならないし、無駄に怪我するだけなの」


 スゥに言われたレイアは目線を足下に向けて下唇を噛み締める。


 2人のやり取りに気付いていたアリア達もお互いに顔を見合わせて、ある方向を見つめる。


 ある少年が駆けていった方向である。


「レイア、気持ちは分かるの。でも、気持ちの切り替えは……」

「分かってるよ。でも、1カ月だぞ? あれから1カ月経つのにヒースから音信不通なんだ……」


 レイアの捻り出すように言うヒースの名を聞いた瞬間、アリアが珍しく表情を動かし、辛そうにするのをダンテが肩に手を置きに来て、「自分を追い詰めたら駄目だよ?」と優しげに笑みを浮かべる。


 ミュウも少し元気がない様子を離れた位置でみんなを見ていたテツも目を伏せて内心、肩を竦める。


 すると、目を彷徨わせてたミュウが声を上げる。


「がぅ? 誰か倒れてる」


 ミュウが目を細め、遠くを見ようとする仕草をしながら後ろにいるメンバーに声をかける。


「もしかして、ヒースか!?」


 劇的に反応を示したレイアがミュウが見つめる方向に駆け出す。


 それを見送ったアリア達がどうしたら、と後ろにいるテツに顔を向けるとテツに頷かれる。


「行ってみよう」


 そう言われたアリア達はレイアを追うように走り出す。



 走ってる最中は分からなかったが、確かにミュウが言うように倒れている人を発見する。


 慌てて抱き抱えたレイアだったが失望したように肩を落とす。


 倒れていたのは年頃はレイア達と変わらなさそうでアラビアンナイトに出てきそうな格好をした褐色の肌をする少年であった。


 追い付いてきたアリア達も違う事に脱力しかけるがダンテがレイアに問う。


「生きてるの?」

「あ、ああ、どうやら気絶してるだけみたい」


 ヒースでない事にしか注意を払ってなかったレイアが慌てて首筋の指を当て、呼吸を確認して生きている事を確認する。


 レイアが視野狭窄になってる事にスゥが嘆息し、背後にいるテツを伺うようにした時、少年はうわ言を口にする。


「ユ、ウイチ……様」

「お、おい!! 今、なんて言った!!」


 慌てるレイアが少年を激しく揺するのをダンテが必死に抑える。


「容態が分からないのに、そんな激しく揺らしたら駄目だよ!」


 ダンテに諌められて、我に返ったレイアが少年を凝視するのを背後で見つめているテツは目を細める。


「放置するつもりはなかったけど、この少年には聞かないといけない事がありそうだね」


 そう言うとテツはレイアから少年を預かり、抱き抱えるとレイア達にザガンに戻ると告げ、ザガンへと戻り始めた。

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