第61話 私もオヤツを叩き潰せないですぅ

 場所を弁える様子を見せない嬉しさを見せるヒースは隙だらけであったが、周りにいるアリア達は今、ヒースがやってのけたことに驚きが隠せなかった。


 魔法を物理攻撃で打ち消せるか、という話になれば『消せる』が正解である。


 しかし、それを実行するには圧倒的な力の差がなければ出来ない。例えるなら湯気を掌で扇いで吹き飛ばすような歴然の力の差を要求される。


 偽者とはいえ、雄一の魔法攻撃はダンテとは比較にならない魔力が籠っていた。


 確かにヒースは不意打ち気味ではあったが大カエルを一刀両断するほどの力をつけて帰ってきたが、とてもじゃないがそれほどの力関係はない。


 テツですら、ダンテの全力の魔法攻撃を梓の力抜きで斬り裂けたと問われたら難しい顔をして横に振るだろう。


「ひ、ヒース、今、何をしたんだい!?」


 ヒースがしでかした事が常軌を逸してた事にアリア達の中で一番理解したダンテが質問すると嬉しそうにヒースが答えようと口を開く。


 しかし、ダンテだけでなく敵である雄一が目を細めてヒースに質問してくる。


「ガキ、今のは何をした?」

「何故、答えないと……まあ、いいか、師匠に『やっぱりお前は駄目な子か!』と何度言われ、耐えてやっと出来るようになったしね」


 何やら辛い事を思い出したようで鼻を啜るヒースであったが、すぐに気を取り直す。


「簡単だよ。魔法は図形のようなものを描かれている……そう、魔法陣のようなものが魔法の中にある。今の例えだけど魔法陣の線を一本を切ったらどうなる?」

「魔法陣が機能しなくなる……か」


 舌打ちする雄一が自分の掌を睨みつけるように見つめるのを見ながらダンテが質問する。


「その理屈だったら適当に切ったら簡単に破壊出来る事になるんじゃ?」

「まあ、実際は斬っても意味ない場所の方が多いし見分けられるようにならないとね。それに斬るには相当な気合いか、剣に魔力か気を纏わせないとね」


 意外と難しい、と成功したのが嬉しいのか饒舌になるヒース。


 漸く、アリア達も事情が飲み込めた様子で早速立ち直ったスゥが盾でヒースの背を押して盾の盾にヒースを起用する。


「うん、凄いの! 頑張って私達の盾をやって欲しいの。私達は波状攻撃に出るの!」

「ええっ!?」


 使えるものはすぐさま使う事に躊躇しないスゥ。


 スゥだけでなく、アリア達も「任せた」と希望を見たように嬉しげにするが含み笑いをする雄一がヒースに掌を翳す。


「ご高説痛みいる……こうか?」

「えっ?」


 雄一の掌に生み出された魔力を見て、ヒースは目を丸くする。


 魔力弾を放たれるとヒースは慌てて大刀を振り下ろし、魔力弾を斬り裂こうとする。


 ヒースの大刀と当たった小さな爆発を起こり、それに巻き込まれたヒースとスゥが咳き込む。


「ヒース、油断しないの! しっかり消滅させるの!」

「ち、違うんだ……さっきと違う……簡単に言うと魔法陣が小さくなった……」


 驚きが隠せないとばかりに目を見開くヒースに会心の笑みを向ける雄一。


 嫌な予感が止まらないダンテがヒースに問う。


「つまり、どういう事?」

「今の説明だけで、魔法陣を感覚で捉えて自分で調整してみせた……つまり、凄まじく斬り辛い」


 聞いただけであっさりと見えない感覚を掴むセンスを見せた雄一にアリア達は絶句する。


 当然、その難しさを理解するダンテと教えを受けていたヒースの驚きは更に大きい。


 驚愕の表情を見せるアリア達を小気味よく眺める雄一が口の端を上げる。


「さあ、仕切り直そうぜ?」


 青竜刀を構える雄一に急かされるようにアリア達も身構えた。




 戦闘が再開されて10分程経った。


 雄一のカンフー服には浅く切り裂かれている個所はあるが怪我らしい怪我はない。


 また同時にアリア達にも大きな怪我は見当たらないが誰の目から見ても劣勢なのはどちらかは丸分かりの構図が生まれ始める。


 たった10分程度でアリア達は荒い息で辛そうに呼吸をし、反対に雄一には余裕が生まれ始めていた。


 この状況は不味いと判断したメンバーの1,2を争う負けん気の強いレイアとミュウが挟み撃ちにするように飛び出す。


 レイアは低い体勢から石突で突いてくるのを全力で避けながら雄一の懐に入り、脇腹に掌を当てる。



『発勁』



 レイアは完璧なタイミングで入れたと思い、会心の笑みを浮かべて見上げると小馬鹿にするように笑う雄一に肘打ちを顔に入れられて壁に叩きつけられる。


 気を叩きこむ瞬間に僅かに身を捩られたようだ。


「レイア!」


 かなりマズイ叩きつけられ方をしたように見えたレイアに駆け寄るアリア。


 レイアに追い打ちされたらマズイと判断したスゥが雄一に盾を叩きつけるように体当たりを敢行するがビクともさせられない。


 それを見ながら、必死に頭を捻るダンテであるが既にわずか10分で打てる手は全て打ち尽くしていた。


 隣ではかろうじて魔法を打ち消すように斬り続けたヒースが大刀を杖のようにして荒い息を吐いており、ダンテは意見を求める。


「学習能力が高過ぎる。こちらの手は基本的に1度しか通じない! ヒース、何か手はないかい?」

「手といえる上等なのはないよ……だけど、今なら僕の全力の一刀ならあの人の意識が一瞬でも僕から外れれば……あるいは!」


 そう言うヒースも始まった直後にやっていればダンテであれば、それが出来たかもしれないと思うが既に目晦ましはやった後で対応されると思っていた。


 ダンテもヒースの考えを理解し、同じように思うが唇を真一文字にして気合いを入れる。


「やるしか……ないよね。このままだとテツさんが戻るまで持たせるのは無理だよ」

「だね、いくよ!」


 杖にしてた大刀を持ち上げるとヒースが身構えるに合わせるようにダンテは魔力を練り始める。


「小細工は通じない。僕の全力のウォータボールをぶつける!」


 ダンテの上空に徐々に大きくなる水球に気付いた雄一がハッ! と鼻を鳴らす。


「そんなもんが俺に効くかよ!」


 盾で止めようとするスゥの盾を蹴り飛ばして小柄なスゥは地面に叩きつけられる。


 身構える雄一を見て、失敗するかもという思いを噛み殺すダンテは気合いを声にする。


「効くか効かないかは受けてから言ってください!」


 放たれたダンテの全魔力が籠った水球が雄一に向かう。


 魔力エンプティになり、膝から崩れていくダンテは意識が薄れるなか余裕の笑みを浮かべる雄一を見て絶望する。


「残念だったな。その辺の雑魚なら一撃だっただろうが俺には効かん!」

「そうお? だったら私がアレンジを加えてあげる」


 横合いから女の声が響き、そちらに意識を向けようとした雄一の目の端に小鳥、いや、全身が炎の小鳥が吸い込まれるようにダンテの水球にぶつかる。


 水と火がぶつかり合い、水蒸気が生まれて雄一を包む。


「水蒸気だけじゃ寂しいさ? こんな趣向はどうさ?」


 水蒸気に包まれ、視界がゼロの雄一の目の前に水柱の真横に放たれたかのようなモノが現れ、不意打ちに叩きつけられてたたら踏む。


 煩わしい、とばかりに気を爆発的に上げて弾き飛ばす雄一。


「こんなもの効くか!!」

「そうだろうね? ダメージ目的だったらね」


 水柱で斬り裂くように打ちだされた場所の視界が開かれ、そこにはポプリに肩を借りて魔法銃を構え、満足げに笑うホーラの姿があり、レイアは嬉しげ声をあげる。


「ホーラ姉、ポプリ姉!」


 状況を理解出来てない雄一が訝しげにホーラを見つめるのにポプリがウィンクしてみせる。


「私達に意識を割いて放心してていいの? まあ、私に見惚れる気持ちも分かるけど?」


 そう言われた瞬間、雄一の後頭部の髪がチリチリとする殺気を上空から感じ、振り返る。


 すると、短剣を逆手に持って突き刺す格好で滑降するミュウの姿があった。


 咄嗟に左手を突き出し、神技のように2本の短剣の刃を指で真剣白羽取りをしてみせる。


 さすがにそんな事をされると思ってなかったミュウが驚きから口が開く。


 ホッとした様子の雄一が空中にいるミュウに廻し蹴りを放とうとする。


「そんな殺気を放ってたら馬鹿でも気付くぞ!」

「……ミュウ、殺気も気配も消せる。だから、お前は大馬鹿者」


 ニッと犬歯を見せて笑うミュウに「はぁ?」と声を洩らす雄一は廻し蹴りを止めずミュウと蹴り飛ばす。


「何を言ってるんだ? 負け惜しみ……いや、違う!!」


 ダンテの水球を放った本来の目的を思い出した雄一は意識を外してはいけない人物を思い出し、慌てて振り返る。


 振り返った雄一の目前に下段から大刀を振り上げようとしているヒースの姿があった。


「し、しまった!」

「逃がさない!」


 後方に飛んで逃げようとする雄一にヒースが大刀を振り抜く。


 振り抜いた後を追うように雄一の胸元から血が噴き出す。


「よしっ!」


 背後でアリアに回復魔法をかけて貰っていたレイアが喝采を上げる。


 釣られるように身を起こすスゥも喜びを見せるが必死にミュウが歯を食い縛って立ち上がろうとする。


「ま、まだ終わってない」


 振り抜いたヒースが後ろに飛び退くのが同時であった。


「浅かったか!」


 悔しげに唇を噛み締めるヒースは大刀を構え直す。


 胸元から流れる血を左手で押さえ、回復魔法を行使する雄一は荒い息を吐きながら叫ぶ。


「た、タダで済まさんぞぉ!!」


 雄一を中心に白いオーラがまだ残る水蒸気を吹き飛ばすように激しく立ち昇る。


 その気の強さに肌にビリビリくるアリア達。


 ホーラもポプリもどうやら立ってるのもやっとの状態だったようでその場で膝を付く。


 雄一の後方にいるレイアが震える膝を叱咤して立ち上がる。


「まだ少しでも水蒸気がある内に……」


 特攻しようとするレイアの手を掴むアリアは静かに首を振る。


「今のレイアでは返り討ちに遭う」

「分かってる。でも、傷を癒されたら勝ち目はない」


 アリアの手を振り払い、レイアは水蒸気に紛れるように特攻する。


 反対側で見ていたホーラは舌打ちをし、投げナイフを1本取り出す。



「付加するは、爆裂。強化するは、爆風」



 残りカスのような魔力を投げナイフに込めたホーラは雄一の足下に投げ放つ。


 突き刺さったナイフから魔力の閃光が生まれ、地面が爆発し、爆風が雄一を包む。


 それで生まれた土埃に紛れてレイアが拳を握り締めて雄一に肉薄する。


 レイアの視界で雄一をはっきりと捉えると唾棄するような表情でレイアが特攻する方に体を向けて立っていた。


「何度も同じ手を喰らうか!」


 飛びかかっているレイアに合わせるように青竜刀が放たれる。


 タイミングもピッタリで避ける事もガードも出来る状態でもないレイアは青竜刀を凝視する。


「レイアぁ!!」


 姉のアリアの叫びが響き渡る。


 誰の目にもレイアは青竜刀で一刀両断される未来を想像したが、血飛沫もレイアの悲鳴も聞こえては来なかった。


 ゆっくりと晴れた水蒸気と土埃の中で青竜刀を喉元に突き付けられるようにして身動きが取れないレイアと信じられないと目を見開く雄一の姿があった。


 雄一は口をわなわなさせながら青竜刀を持つ右腕を左手で押さえる。


「ど、どうして斬れない……どうして俺はこれ以上押し込めない!!」


 次第に右腕が震え出し、その刃先でレイアの喉元を浅く斬り、痛そうに眉を寄せたのを見た瞬間、雄一は青竜刀を引いてしまう。


 その行動にビックリするレイアを見て、奥歯を噛み締めギリギリと音を鳴らすと蹴り飛ばす。


 壁に叩きつけられるレイアに追撃をかける為に追いかけ、青竜刀を振り上げる。


 そこに盾を持ったスゥが割り込む。


「やらせないの!」

「邪魔だぁ!!」


 そう叫ぶ雄一が先にスゥを始末するとばかりに盾ごと切り裂くと振り下ろすがスゥの盾に軽い音でコン、と鳴らす程度でぶつけるだけで止まってしまう。


 再び、雄一の意志と関係なく攻撃を止めてしまった事に動揺する雄一は左手で顔を覆う。


「どう、どうなってるんだぁ!!」

「まさか、アイツ……」


 ホーラが訝しげに雄一を見つめる。


 スゥの盾を膝蹴りして明後日の方向、ホーラ達がいる方法に吹き飛ばして咄嗟に動けなかったホーラ達は巻き込まれる。


 ふらつくように下がる雄一は歯を噛み締め過ぎて口から血が流れる。


「な、何が何か分からん……一旦、引くか……だがっ!」


 雄一は後ろにあった地底湖に目掛けて魔力弾を放つと水飛沫と共に大カエルが飛び出してくる。


 びっくりするダンテが声を上げる。


「何匹いるの!?」

「安心しろ、これが最後の1匹だ……コイツはお前等や向こうで白髪エルフが相手した母親だがな?」


 言われてみれば、先程、ヒースが真っ二つにした大カエルと比べて一回り大きい。


 くっくく、と笑い、肩を揺らす雄一は大カエルに命令する。


「こいつ等をお前の力で吹き飛ばせ!」


 そう言うと雄一は天井に魔力弾を放ち、地上までのルートを確保する。


 ゆっくりと登っていく雄一がアリア達を見つめて口の端を上げる。


「どうしてお前等を斬れないか分からないのは気持ち悪いが……いなくなるヤツを気にするのは止めておこう」


 去る雄一も気になり、動向を確認しておきたいが、目の前の脅威である大カエルに意識を向ける。


 目の端で捉えてた雄一が完全に外に出た頃、大カエルは動き始める。


 疲れ切った体を叱咤して立ち上がるアリア達とホーラとポプリ。


 1人遠く離れた場所に飛ばされていたレイアも立ち上がり、歩き出そうとした時、大カエルが口を開き、その口の中に魔力が集中し出し激しく輝きだす。


「嘘、さっきの大カエルはそんな事出来る素振りも見せなかった……」

「あんなに大きかったけど実際は本当に子供だったのかも……」


 アリアの呟きに律儀に答えるダンテが必死に空になった魔力の残りカスを集めるようにするが酷い頭痛に襲われる。


 我に返ったアリアもシールドの準備に入る。


 足を止めているレイアに気付いたスゥがレイアに声をかける。


「早くこっちに来るの! シールドの内側へ!」

「お、おう!」


 アリア達がいる場所へ進もうとした瞬間、アリア達から顔を背けた大カエルはレイアの傍にいる腰を抜かして固まっている兵士達に向けると口を大きく開く。


 その様子に兵士達から短い悲鳴が漏れる。


 開けられた口から激しい光が漏れ、放たれると思ったレイアは全身に赤いオーラを纏い、兵士達を守る為に大カエルの前に飛び出し、頭を守るように腕をクロスさせる。


 アリア達がレイアの名を呼ぼうとするが大カエルが轟音と共に激しい光をレイアに放つ。


 放たれた閃光は僅かなレイアの赤いオーラが失速させたかのように見えたが一瞬で飲み込まれる。


「レイア!」


 アリア達がレイアを呼ぶ声が響き渡る。


 完全に飲み込まれたと思えたレイアがいた場所から懐かしい光が漏れ始める。


 その光の奥にレイアの影を映しだし、アリア達は心臓が止まるかと思わされる。


 レイアの姿らしきモノを確認出来た事で駆け寄ろうとする思いを歯止めするその光。


 イエローライトグリーンのオーラの灯が激しい閃光を遮るようにしてレイアの赤いオーラをイエローライトグリーンに塗り替えていった。

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