第20話 どっちが明日のオヤツですぅ? 両方食べるのですぅ

 『精霊の揺り籠』に入ったホーラ達であったが何の障害もなく地下へ地下へと淡々と足を進めた。


「そろそろ、最下層ですよね?」

「ああ、そのはずだけどね……」


 誰となく問いかけた風のヒースの言葉にテツが返事をするがお互いに何か含むような言い方をして眉を寄せる。


「それはいいんだけど中に入ったは良いけどよ、モンスターが1匹もいないんだけど……」


 レイアは気持ち悪そうに自分を抱き締めるようにする。


 普段から考えると珍しい素振りを見せる妹を見つめる姉、アリアは眉をひそめる。


「凄く嫌な予感がする。それと同時に気持ち悪い」

「ダンテ、魔力の流れが変じゃない?」

「やっぱり、そうか……封じられた僕の精霊感応が戻ったのかと期待したけど短い夢だったね……」


 スゥに問われて答えるダンテだが、残念そうではなく、戻ってこのプレッシャーをダイレクトに受けなくて良かったと安堵の表情を浮かべながら焦燥も感じさせる。


 魔法の事は門外漢であるホーラ達は顔を見合わせた後、ダンテに問う。


「ダンテ、何に気付いたさ?」


 ジッと見つめてくるホーラに怯まず見つめ返す。


 ダンテの様子を見て想像以上に深刻な状況を理解する。


「おそらく緊急事態です。それも土の精霊のティリティアさんと拮抗する様な相手かと」


 奥歯を噛み締めるように言うダンテはこの魔力が飽和するような状況が生まれていると伝える。


 ダンテの真剣さに当てられたホーラ達はある可能性を思い浮かべる。


「つまり、いきなり大当たりを引いたという事さ?」

「それも否定しませんが……どちらが正解でも確認せず済ませる事は不味いです」


 そう言うダンテは気は進まなそうではあるが、足早に最下層へと歩き始める。


「ちょっと待って! お父さんがいるという話じゃないの?」


 焦燥に駆られるヒースは焦る様に地下へと進むダンテを追いかける。


「ダンテは違う相手の可能性に心当たりがあるようなの」

「そうだね、だとしてもダンテが言うように見ない事には話が進まなさそうだよ」


 スゥの言葉にテツが答える。


 それは残された者達も同じ答えに行き着いていた。


 だが、その両方共、正解であり、不正解である事を最下層で知る事になる。


 この可能性に行き着いていたのは、この時点でダンテのみであった。





 最下層のティリティアと話をしていた広場まで次の角を曲がれば、という場所までやってきたホーラは脂汗を流して足を止める。


「このプレッシャー覚えがあるさ……ダンガで感じた以来だけど、間違いないさ……」

「間違いない、アイツがいる」


 ホーラの言葉にアリアが頷き、アリアがアイツと呼称する相手が『ホウライ』と知る仲間内で緊張が走る。


 苦虫を噛み締めるような顔をするダンテの隣ではいても我慢出来ないとばかりに飛び出そうとするヒースであったが腕を掴まえられる。


「待つんだ!」

「離してください! そこにお父さんがいるんです!」


 必死なヒースを掴まえたのはテツで駄目だ、と言わんばかりに被り振られる。


 振り払おうとするがテツの力に抑えつけられ、ビクともさせられずに悔しそうに顔を顰めるヒースを見つめながらテツに声をかける。


「テツさんも気付かれましたか?」

「ああ、気配は3つ。1つはティリティアさん、もう1つは『ホウライ』だろう。最後はおそらく……」


 テツの言葉に頷くダンテに驚くホーラ達。


 『ホウライ』だけでも面倒というより手に余る事実に追加するように第三の存在を示唆する事に驚く。


 良く見るとテツとダンテ以外にも気付いているらしいミュウが体を震わせ、耳をヘタらせながらも、短剣を両手に握り戦闘体勢に入っていた。


「何がいるって言うんだよ!」

「そうなの『ホウライ』だけでも大変なのに、それ以上なんてあんまりなの!」


 テツとダンテの深刻そうな顔に気圧されたようにレイアとスゥが声を潜めつつも声を張る。


 スゥとて文句が言う相手が違うというは自覚しているが、それがこの場にいる者達の総意でもあった。


 正直な所、「ホウライ』だけでも本当にどうしたらいいか見当もついていない。


 安易に入るべきではなかったと思い始めているホーラがダンテに問う。


「『ホウライ』以外に何がいるさ?」

「……土の邪精霊獣です……」







 『精霊の揺り籠』に入った時点で気付かれてるはずだ、と言うダンテの判断を信じて、ホーラ達は開き直ったように歩いて広場に入っていく。


 入ると見覚えがある亀の化け物に片足を引きずり込まれているティリティアの姿がそこにあった。


 更に奥を見ると岩に腰がけて眠るノースランド、いや、今は『ホウライ』と呼ぶべき存在がそこにいた。


「お父さん!」

「主人っ!?」


 ヒースとザバダックの呼び掛けにも反応しない。


 入ってきたホーラ達を視認したティリティアは眠そうだが喜びを前面に出してホーラ達に話しかけてくる。


「ああっ、良い所にやってきてくれましたぁ! 私、今、ピンチなんです~」

「まあ、見れば分かるさ。アンタの声を聞いてるとそうでもなさそうに思えるけどね」


 まったく緊迫感がない声で話しかけるティリティアに嘆息するホーラは顎で『ホウライ』を示す。


「なんで、アレは起きないさ?」

「詳しくは分かりませんが、相当消耗してるようで身の危険が及ばない限り目を覚まさないと思いますよぉ?」

「なら、今がお父さんに近寄るチャンス!」

「待って、ヒース!!」


 ホーラとティリティアの話を聞いたヒースが『ホウライ』に乗っ取られたノースランドに駆け寄ろうとする。


 それをするヒースの悪手に気付くダンテが止めようとしたのに気付いてヒースを捕まえようと飛び出したレイアは数歩飛び出したと同時にヒースと一緒に足を止める。


 土の邪精霊獣のプレッシャーで、レイアとヒースは蛇に睨まれたカエルのように脂汗を滝のように流しながら生唾を飲み込む。


 それを見たダンテが予想通りだった事が悔しそうに下唇を噛み締めながら近くにいるミュウにお願いする。


「ミュウ、悪いけど、土の邪精霊獣を刺激しないように2人をこちらに引っ張って来てくれない?」

「……がぅ」


 土の邪精霊獣を警戒しながらミュウはゆっくりと2人に近づき、襟首を掴むとゆっくりと後ろに引っ張っていく。


 ある程度離れると2人は荒い息を吐き出す。


 地面に両手を着く2人を見るダンテはティリティアに話しかける。


「土の邪精霊獣を番犬代わりですか……しかし、土の邪精霊獣は完全に滅ぼす事は出来なかったのは分かりますが、ユウイチさんに滅ぼされて蘇るのが早過ぎませんか?」

「そうなのよ、本来なら10年は蘇らないはずと油断してたら、気付けばこんな事に……」


 およよ、と泣き真似するティリティアを引き攣り笑いで見つめるホーラ達。


 おそらく油断というのは惰眠を貪ってたらそうなってたという事だろう。そして、土の邪精霊獣の復活が早まったのは『ホウライ』が関係しているようだ。


 たいして堪えてないのか、危機感が乏しいのか分からないティリティアが泣き真似やめると辺りを見渡して聞いてくる。


「で、彼はどこかな? この状況を引っ繰り返せそうなのは彼ぐらいしかいないと思うんで?」

「彼……というのはユウ様の事を言ってるの?」


 うんうん、と頷くティリティアからホーラ達に顔を向けるスゥにホーラが頷く。


 そして、スゥは1年前の出来事を簡潔にティリティアに説明すると本当に知らなかったようでビックリした様子を見せる。


 だが、すぐに何かを気付いたような表情を見せる。


「全ての母ですか……」

「全ての何ですか?」


 ティリティアが呟いた言葉に反応したダンテであったが、ティリティアに「今、話す事じゃない」と言われ、質問を封じられる。


 困った、と呟くティリティアだが、本当に困っているようには見えない前に会った時と同じで眠そうな顔を見せる。


「せめて、訓練所が機能していてくれれば……」

「訓練所!? あのマサムネさんの事ですか?」


 ダンテの言葉に嬉しそうにするティリティアが顔を向けてくる。


「会った事あるの? 力の波動がまったく感じられないから壊れたとばかり思ってたんだけど?」

「詳しい事は分かりませんが、会ったのは間違いありません。話を聞いている最中に『ホウライ』の襲来があって飛び出してしまって状況を把握する暇なかったので……」


 話を聞きながら、頷くティリティアは笑みを浮かべる。


「少なくとも頭脳は動いてるという事ね。なら希望はある。良く聞いて?」


 少し真面目な顔になるティリティアはホーラ達を見渡す。


 ホーラ達も大事な話と理解してジッと見つめるとティリティアは話し始めた。


「いい? 今の貴方達じゃ、土の邪精霊獣に勝つのは無理。本当に大自然に挑む事と同義だから。でも、訓練所が機能すれば貴方達なら勝てる見込みが出てくる」

「確か、邪精霊獣と戦う為の施設って言ってましたね……」


 思い出したダンテが呟くとアリア達も「そうだった!」と唸る。


 それに頷くティリティアが話を続ける。


「機能的な事は私には分からないけど、過去、その施設の力を使って邪精霊獣と人々は戦っていた。だから、貴方達であれば、もしかするかも?」


 断言出来ない辺りは、今まで興味を持ってなかったので詳細が分からないせいであろうとホーラ達には分かる。


 だが、ホーラ達とて、雄一がいない今、土の邪精霊獣に勝てる見込みがない事も分かっていたので、その可能性に縋る以外にはなかった。


「それしかなさそうさ……しばらくその亀を抑えて頑張れ」

「ああ~、本当に結構大変なんで急いでね?」


 本当に大変なのかイマイチ分からないティリティアであったが、楽だったら既に何とかしているはずなので本当なのだろう。


 踵を返して戻ろうとするホーラ達と足並みを揃えない者がいた、ヒースである。


 拳を握り締めてプルプル震わせるヒースは捻り出すように声を洩らす。


「い、嫌だ……目の前にお父さんがいるというのに……ここから去るという選択肢は選びたくない!」


 駆け寄る事は失敗したから一気に飛び越えようという判断をしたヒースは跳躍する。


 ヒースの行動に気付いたホーラが「戻れ!」と叫ぶが戻る素振りを見せないヒースが土の邪精霊獣の上空に至った時、土の邪精霊獣の甲羅から触手が伸び、絡められるようにヒースは捕まる。


「くっ!?」

「ヒース!!」


 レイアの悲痛な声が響くと苦虫を奥歯で噛み締めるような顔をしたテツが引きずり込まれ始めるヒースの下に飛び込む。


「馬鹿テツ! 何をしてるさ! アンタまで捕まったら……アンタ1人なら戻れるはずさ!?」


 そう叫ぶホーラに一瞬だけ振り向いたテツの口許に笑みがあるのを見た瞬間、舌打ちと共に「馬鹿テツ」と唾棄する。


 テツはヒースと共に下半身を土の邪精霊獣の甲羅に飲み込まれた体勢になりながら思い出す。


 雄一と出会う前にオークに村が襲われ、食糧貯蔵庫で避難している時に中途半端な正義感を燃やした結果、両親を死なせてしまった過去を。


 テツには色々、追い込まれたヒースの気持ちが痛い程分かる。


 だが、それは放置して良い事ではない。


 そして、これは言葉で簡単に理解できる事でもない事はテツ自身が身を持って体験した。


 だから、テツは……


「良く聞け、ヒース! 一人で突っ走って助けられる命なんて少ない。まして、自分の力の領分を超える事は特にだ!」



『守る戦いはな、何故、守りたいかをちゃんと理解と覚悟がキマってないとしちゃいけねーよ。それをキメてないない状態で、戦うと……もう言わなくても分かるよな?』



 雄一の言葉を思い出すテツは心の中にいる雄一に頷いてみせる。


「守る戦いをする為に理解も覚悟も出来てない君では何も為せない! そんなグラついたままで何が出来る! お父さんを本当に助けたいなら必死に考えろ、逃げるなっ!!」

「あっ、ああ……」


 テツの言葉に打ちのめされるヒースは悔しさからか、自分の情けなさからか目尻に涙を浮かべる。


 梓をヒースとテツの間に突き刺す。


「ヒース、1度だけチャンスをあげる! このチャンスを生かすも殺すも君次第だ!」


 そう言うテツから青いオーラのようなモノが立ち上がり、青の色が強くなる。


 逆手で握る梓の柄を更に押し込んで叫ぶ。


「梓さん、俺に力を!!! 唸れぇぇぇ!!」


 そう叫んだ瞬間、目の前で竜巻が起き、ヒースは凄まじい風圧に弾かれるようにしてホーラ達の方向に飛ばされる。


 テツが生んだ風の中で目を懸命に開くヒースは見る。


 大きな笑みを浮かべ、ヒースを信じていると言葉にせずに見つめるテツを……


「て、テツさ――――ん!!!」


 叫ぶヒースに最後まで笑みを浮かべ続けるテツは土の邪精霊獣に取り込まれた。

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