第44話 食う寝る死ぬ!? それは勘弁して欲しいのですぅ

 栗色の髪を子犬の尻尾のように縛る少年が岩肌に叩きつけられる。


「ヒース! この程度の攻撃をまともに食らう馬鹿がいるか!」


 金髪の幼女を肩車して腕組みをしたままの長い黒髪の偉丈夫が怒鳴るとその周囲に小さな水球が大量に現れる。


 それを見た少年、ヒースは叩きつけられた岩肌を蹴って空中に飛び上がる。


 飛び上がったヒースに眉尻を上げる偉丈夫は舌打ちする。


「この状態で飛び上がるのは下策! せめて放ってから飛べ!」


 その言葉に触発されるように偉丈夫の周りに展開されていた水球がヒース目掛けて放たれる。


 放たれた水球が飛び上がったヒースの進行方向に放たれ、ヒースに迫る。


 その水球の餌食になるかと思われたヒースであったが、空中で着地をし、水球をやり過ごす。


 上手く避けられた事に喜色を見せるヒースに偉丈夫が口の端を上げ、笑みを作る。


「やっとあのスピードの中でも足場を利用出来るようになったか。2週間経ってなんとか、か……遅すぎるが、出来た事だけは褒めてやろう」

「はいっ! 有難うございます、月影師匠!」


 偉丈夫、月影に褒められて嬉しそうにガッツポーズをするヒースを見つめる月影の目を細められる。


「だが、俺は空中で立てるようになれ、と言った覚えはない。360度を全て足場にして立ち廻れ、そう言ったはずだな?」

「あっ!?」


 それを思い出したせいか、それとも月影から発する威圧からかはヒース本人も分からないが背筋に氷を突っ込まれたような感覚に襲われる。


 固まるヒースに静かに指を指す月影。


「誰が動きを止めていいと言った?」


 突き付けた指を下に叩きつけるようにしたのを見たヒースは足下、正確に言うなら上空から降り注ぐ先程避けた水球の群れに目を剥く。


 咄嗟に逃げようとすると正面に月影の姿があり、逃げ道を防がれる。


「お前は精神的に追い詰められると極端に視野が狭くなり過ぎる。だから逃げ道を予測される」


 上空の水球と月影を交互に見つめ、奥歯を噛み締めるヒースは月影の反対、後方に飛んで逃げる。


 逃げたヒースの背に岩肌よりも硬く、それが何か分かるヒースは、その存在に震える。


「今、俺がお前に教えた事を反復しろよ? この行動は悪手だ。下策も下策、及第点は水球の群れを突破する、だ」


 両手を合わせて握る手を振り被る月影が気付けばヒースの背後にいた。


「俯瞰に徹せよ。ヒース、魂に刻め」


 振り上げた両手を振り下ろし、ヒースにぶつけると高速で地面に叩きつけらるヒースは地面を陥没させる。


 そこに容赦ない月影の放っていた水球が豪雨のようにヒースに降りかかる。


「下策ではあるが、俺に戦いを挑んでいたら加点だ。お前にはその気概が一番足りてない」


 背を向けた月影の背後からヒースの絶叫が響き渡った。



 月影が放った水球によって生まれた粉塵が晴れると月影はゆっくりと爆心地の中心に向かう。


 そこで、かろうじて息をしている様子のヒースを覗きこむ。


「今日は何度、死んだ?」

「きゅ、9度です……」


 ヒースの返事に「ふむ」と答える月影は何でもないように言う。


「おめでとう、大台だ、10度目の臨死体験してこい」


 トドメを差すようにヒースの鳩尾を踏み抜く月影は背後で頭にパトランプを装着した金色の髪のピンク忍者と青髪の髪の色より濃い青い忍者装束を纏う少女がやってくるルートを開けるように脇にどく。


「急患です、すぐに視ますよ!」

「うぅうぅぅ~ぱーぽーぱーぽー、緊急出動、大忙しなのですぅ」


 それを眺めていたヒースの視界が徐々に暗くなり、黒から白に反転する瞬間、この2週間、何度となく見た過去の記憶、走馬灯を見始める。


 ヒースは月影と出会った夜の事を振り返り始めた。





「し、死んだ方が楽だと思えるほど楽しく? ちょ、ちょっと待ってください。僕は強くなりたいとは思いますが死ぬ生きるを体験したいとは言って……」

「そうしないとヒース、お前の父、ノースランドを死ぬよりも辛い目に遭わせる事になるが?」


 月影に言われた内容に驚くヒース。


 驚きから立ち直ったヒースが飛び付くように月影に縋ろうとするがヒラリと避けられると同時に足を払われて顔から地面に着く。


 口に入った土を吐き出すヒースに月影は告げる。


「ノースランドの体を奪った『ホウライ』、正確に言うなら奪ったではなく喰った、だ。ヒース、お前は飯を食ったら、食ったモノはどうなる?」

「食べたモノ? 胃で消化して、血肉に……消化!?」


 目を剥くヒースに月影は頷いて見せる。


「そうだ、お前の父は消化される。俺の見立てが正しいなら1年、これがノースランドの魂の原型が残るリミットだろう」

「そ、そんな! お父さんの命は1年!?」


 月影から伝えられた内容に愕然とするヒースであったが現実はもっと性質が悪かった。


 凝視してくるヒースに月影は首を横に振る。


「いや、魂の消滅、ノースランドは天に還れない。つまり、お前の死んだ母の下に行く事も生まれ変わる事も出来なくなる。『ホウライ』から体を取り戻す事は現実問題、解放してみないと分からない」

「お、お母さんと会えない……」


 ヒースは初めて『ホウライ』の存在を知った4年前の『精霊の揺り籠』でノースランドが体験した母、シーナと義妹のノンとの約束の話を1度聞かされていた。



「待っててくれるアイツ等にお前の子、孫の自慢、もとい、土産話を持って行くのが楽しみでな……」



 本当に楽しみにしているという気持ちを隠さない父、ノースランドの姿をはっきりと思い出せるヒースは歯を食い縛る。


「しかし、残念な事に『ホウライ』を力ずくで倒しても同じ結果だ。少なくとも、お前の父の魂を救う方法を俺が叩き込んでやろう」


 そう言ってくる月影から視線を外して地面を凝視するヒース。


「どうして、月影さんはお父さんの事を?」

「お前が知りたいのは父親を救う方法か? それとも父親の交遊関係か? 返事するのが怖くて先延ばしにしているなら全て忘れて人里離れた場所で隠居してろ」






 ヒースに蘇生処置をしている2人、金月かなづき水月すいげつに月影が声をかける。


「いつ、目を覚ます?」

「ん~、2時間ぐらいですぅ?」


 金月が月影に返事をするのを聞くと空に浮かぶ太陽の位置から陽が沈む頃だと判断する月影は2人にヒースの事を任せる事した。


「俺は夕飯を作ってくる。後は頼む」

「はい、分かりました」


 水月がニッコリと笑い、月影に手を振って見送る。


 月影は肩車している幼女の両足をしっかりと掴むと簡易的な調理場を作り出した場所に向かい、途中でカバンから食材を取り出していく。


 用意した食材を利用して料理を作り出す月影に肩車される幼女が話しかける。


「あのヒースという小僧、正直言うと1日持たん根性なしと思っておった。その方法の中に本当に死ぬ事も含まれてた」


 成長速度は予想通りだったと笑う幼女。


 準備をしていた手を止める月影は頭上にいる幼女に返事した。


「そうか、赤月はそう見たか。俺はアイツは何度も死を体験する事を呑むと見ていた」


 月影の返事に少し驚いた様子を見せる幼女、赤月。


「その根拠は?」

「たいした理由はないな。ただ……両親の為に戦う事を決めたクソガキと同じ目をしていた……それだけだ」


 そう言うと止めていた調理の手を動かし始める月影を頭の上で顎を載せる赤月はクスクスと笑う。


「月の字よ。お主は可愛いヤツじゃな?」


 月影は赤月の言葉に反応を示さず、黙々と料理の下準備を続けた。

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